海底パイプライン(三百十六)
突然に火柱に驚いていた。上も下も。これを右往左往と言わないのは『上下だったから』では済まないだろう。
上に居た連中は顔を逸らしただけで済んだが、下の奴らは飛び散った物に驚いていたからだ。信じられないといった表情で。
「うわぁあぁっ! 水がぁあぁっ!」「ガリソンを止めろぉっ!」
安心してくれ。今度こそ右往左往だ。『これぞ』と言って良い。食事前に『夕飯のおかず』が降り注いだのを期待した人には申し訳ないが、兎一匹を爆散させるのに十分な火薬が仕込まれていたか。
何を考えているのか知らんが、兎に角大迷惑だ。お陰で立坑にヒビが入って、そこから『ピューッ』と冷たいものが噴き出す。
因みに隊員は『水』と叫んでいるが、実際は『海水』である。それが大量に機械の上へと降り注いだら、一体どうなる。
「早くしろっ! 水没するぞっ!」「緊急停止っ!」「押してる」
一応『訓練』はしていた。しかしそれは『平時』であって、しかも『実際に押す』のは初めて。いつもは『振りだけ』なのだ。
故に実際の動作が『期待』や『想定』の通りに動くとは限らない。
「止まったかっ」「圧が下がらん!」「ちゃんと押したのかっ!」『バチッ』「うわっ」「押したよっ」『バチバチッ』「奥まで?」「ブレーカーッ」「カチッていうまd『バチッ』sたってっ!」「今止めて良いのか?」「落ち着けっ!『ボンッ!』「うわぁあぁ」「直ぐには閉まr「大丈夫かっ!」間が掛かるんだっ!」「じゃぁどうするっ」「圧力計『ピーポーピーポー』「うるせぇっ!」「警報を止めろっ!」「どうやってっ!」「圧力計は?」「揺れてて何とも」
何事も『訓練通りとはならない』のが世の常だとしたら、次回から訓練の仕方も工夫すべきだろう。無事生き残ったなら、今日このときの経験が役に立つこともあるだろう。この先生きのこれたなら。
「おい、ハンドルを回せっ! ブレーカーを切れっ!」
もしかして『沈む行く船』で、修羅場を潜り抜けた猛者が混じっていたのだろうか。冷静に指示を出す隊員が現れた。既に各種ランプが消えた状態の機械に見切りを付け、手動で止める算段だ。
手順書には『隔壁バルブ』とか『配電盤主幹ブレーカー』とあるのだが、そこは緊急事態。ちゃんと意図を汲んで操作に掛かる。
「ダメだ重たくて」「俺も押す」「せーのっ!」「おりゃぁあぁ!」
二人掛かりで隔壁バルブのハンドルを回すがビクともしない。
思わず顔を見合わせた。心の中が見える訳ではないが、『この感じ』だと明るい未来の前に『何か』が引っ掛かっているようにしか。
『緊急閉塞中の手動操作は出来ないぞっ!』「何だってっ!」
水音に混じって『天の声』が聞こえていた。思わず見上げる。
「ブハッ」「うへぇ。しょっぺぇ」『ロックを解除しろおぉおぉ』
幾ら冷静に指示しようとも、仕様を理解して使用方法を熟知していないとダメだ。これも一種の『訓練の賜物』と言えなくもない。
「ロックを解除しないとダメらしい」「何だよロックって」「何処にある?」「それは俺も知らんっ!」「何で知らねぇんだよっ!」
ここは『お前もな』と言いたい。大声で叫びたい。叫んだならきっとスッキリすることだろう。しかしそれを言ったとて状況は改善されぬ。この短時間で水嵩は増し続け、既に膝まで来ているのだ。
『バシャバシャ』「糞っ探せぇっ!」「何処にあんだよ、糞っ!」
散開して方々を覗き込むが『糞を求めて』に非ずだ。念のため。




