海底パイプライン(三百十五)
『早く上に上げろぉおぉ』上げろぉ『死にたいのかぁ』かぁ』かぁ』
最早反響し過ぎて良く判らん。下に居る全員が笑顔で見上げた。
辛うじて判ったのは『カラスの声』だ。ここは『海の真ん中』だし、居るはずもない。どうせ真似るなら『カモメ』だろう。
しかし『兎も居ない』と判ったが故か、全員で兎を見つめる。
「ハイパスゥ。任せたっ!」
努めて明るくにこやかに。理由は『死』という単語を『自分だけが聞いた』と確信してのことだ。笑っていれば自分だけは助かるかもしれないし、助かりたい。寧ろ助けろ。これで助かったと。
「おわっと、華麗にスルー」「スルーすなっ!」「スルゥするぅ」
しかし渡された方の耳にも実は『死』の一文字が届いていた。ちゃんと漢字で。当然『死ぬ』という動詞に助動詞を付けて『名詞化』したことを理解し、最後の終助詞まで聞き逃してはいない。
つまり言葉では言い表せない『何か』を感じていた。不穏な何か。
「良いからお前、上に持って行けよっ!」「嫌だよ。俺は『兎アレルギー』なんだ」「ひでぇ、じゃあ俺に死ねって言うのかっ!」
本音が丸出しの光景に、上から見ていても不憫に思う。
何だか『投げ込まれた手榴弾』で慌てているようにも見えるが、誰も『正しい対処方法』なんて知らないのだ。ならば『身を挺すのも有り』とは、微塵にも思っていなさそう。
「夕飯にしようって言ってたよな?」「言ってねぇ!」「言った!」
笑いながら走り出したのを見ても、それが決して『楽しそう』とは思えない。一応装備や訓練の上は、あたかも『軍隊らしき体裁』を採ってはいるものの、『実際の戦場』に立ったことは皆無だ。
硫黄島防衛は『国の重要政策』であるからにして、ここで務めることにより『兵役免除となっている』から、ではない。何年勤めても、決して『恩給の対象』とはならないし、ましてや怪我をしたとしても『賜金の対象』になんて、なるはずもない。
当然、靖国にも行かれない。水漬屍になるのが関の山。海だけど。
「じゃぁお前、『帝国のためになら死ねる』って言ってただろっ!」
そんなこと奴らは冗談でも口にしないだろう。だとしたら『会社のため』もそうだし、ましてや『上司のため』なんて死んでも無い。
説明は矛盾するが、戸籍上は『既に死んでいる』のが殆どで、多くは借金の形に、マグロ漁船に乗せられて生き残った者達だ。
「いつ言った!」「今だよ今!」「言ってねぇ!」「じゃぁ言え!」
この押し問答はいつまで続くのだろうか。爆発するまでやってろ、とは言わないが、『男の追いかけっこ』に興味が沸く訳も無し。
すると、遂に気が触れたのか。自分の体を軸にして、兎とダンスを始めたではないか。思わず全員が足を止めた。そして身構える。
追い詰めたのが『我々である』と、薄々は感じていても、反省も後悔も無い。出来ればそのまま浮上し、空の彼方まで飛んで行け。
「ほらあぁあぁっ! 受け取れぇえぇえぇっ!」「そっち」
陸上競技に『兎投げ』なんて競技があったら、それはもう大問題になったであろう。競技人口が余りにも少な過ぎて。
だとしたら『今の飛距離』は『世界新記録』とも言えようか。
『ボォオォオォオォン!』「うわっ!」「ヒィィッ!」
上から見て『赤い首輪』であったかは定かでない。そしてこの『花火』が、『世界記録のお祝い』であるかもまた、定かではない。




