海底パイプライン(三百十二)
驚くのも無理はない。お頭に言われて、犬の死骸を三番隊に持ち込んだらこの有様。表には見てはいけないビニール袋があって、ツーンとした匂いが漂う。すると三郎が口の周りを拭きながら処置室に戻って来た。トイレへ行ったにも関わらず。手は洗ったのか?
開けっ放しのドアを通った瞬間『ギョッ』としている。
「どうした?」「それはこっちが知りたいです」
三郎に聞かれて答えた677の気持ちも判る。早いトコ『犬の死骸』なんて手放したい。そう言えば632が先に来ていると。
見渡しても全員顔が真っ黒なので、判らないと言えば判らない。しかし『677の目線』と合うのが632のはず。六番隊の隊員は皆背が低いからって、いたいた。何だ。『隊長の近く』に陣取っているとは、なかなかやるじゃないか。
677はピョコピョコ会釈しながら細長い机を回り込む。
『ボソボソ』「何だまた持って来たのか」「ハイ。あと一匹居ます」
遠慮なく置く。すると机の上に留まっていた黒い煙が巻き上げられた。小町を始め全員が顔を背け、手をパタパタと動かす。
置いた本人は放り投げたようなもので、被害を免れた構図だ。
ヒンシュクを買っているようだが構うものか。別に子犬なので重たくもないが、許可を得るまで待つ必要も無かろう。大きな机の上に、スペースがあるのだから。長居する理由も無ければつもりも無い。無駄な会話なんて遠慮して、ここはサッサと引き揚げだ。
「おい、632も来い。今、皆で追い掛けてるから」「あぁえぇ?」
632の腕をポンと叩いたら、手が汚れてしまったではないか。
どうやら七班が向かった『P3』は、侵入者ならぬ『侵入犬』が走り回っているようだ。それはマズイんでないかい?
「すいません。呼ばれたので失礼します」「おぅ。行け行けっ!」
メスを持った小町を見て、632は慌ててお辞儀していた。こうなっては一郎も送り出すしかない。寧ろ追い払うように手を振る。
六番隊の二人はお辞儀してシレっと処置室を出て行った。
『ボソボソ』「おい三郎。出番だ」「えぇえぇ。また俺っすかぁ?」
情けない返事だ。人を殺すのは平気で、犬から首輪を外すのがそんなに嫌なのか。しかし真っ黒になっても、小町の目が怖い。
いや今の方が怖いか。無言のまま『ほれ』とメスを振られては、三郎も受け取らざるを得ない。しかし何をどうしたらこうなる?
「もしかして部屋中真っ黒なのって、首輪が関係ありますぅ?」
「他に何が関係しているんだ」「あっ、やっぱり……。ですよね」
さっきも手掛けた経験から言って、今度の首輪はちょっと違う。
もし『只の色違い』であれば、失敗しても『真っ黒になるだけ』かもしれない。しかし前回の首輪が『黒』で、今度の首輪が『赤』なのが気になる。チョットだけだけど、気になって仕方がない。
「大丈夫ですかね?」「何がだ。早くしろ」「でも、何か色違い気になりません?」「市販品らしいから色違いだろ」「いやぁでもぉ」
煮え切らない三郎に一郎はイライラする。しかし実は『隠れ犬派』の一郎は、決してやりたくはない。あくまでも顎で指示するのみ。
『ボソボソ』「もう良い。寄越せ」「えっあぁハイ」
スッと差し出したメスだが、小町が所望したのは『犬の方』であった。ムンズと掴んでそのまま外へ出て行く。慌てたのは一郎だ。
追い掛けて行くと三番隊の詰所を出て走り始める。向かうは何故か階段。理由も判らず追い掛けるが、小町の方が断然早い。
足音をだけを残し、姿が見えなくなってしまった。それでも追う。
『ドガァアァアァアァンッ!』「なっ! 隊長ぉおぉっ!」




