海底パイプライン(三百十一)
三番隊詰所の処置室は、爆音と同時に真っ黒となっていた。
真っ暗ではなく真っ黒。そんな黒い世界に『瞳』が浮かび上がる。いやまぁこれも黒か。しかし白目がある分『より鮮明』になって判り易い。瞬きする度に左右に揺れる『瞳』が、激しい動揺を表して。
やがて『パカッ』と口が開き『赤』も加わる、かと思いきや。黒い口から出て来たのはやはり『黒い煙』である。それがゆっくりと漂い、やがて霧散するまで誰も動かない。静まり返っていた。
「ゲホッ」「ゲホゲホッ」「クハアァッ」「変なトコ入ったぁ」
堰を切ったように咳が。小町の手先を見ていた者、少し離れていた者を含め全員が苦しそう。のた打ち回る程では無いにしろ。
『ボソボソ』「みんな無事か?」「はい」「何とか」「今のは?」
小町の囁きに一郎が素早く反応し、小町の言葉を伝えて自らも頷く。一番近くに居た小町の顔が一番真っ黒である。しかし五体満足で、出血の類も無いとは。運が良いのか悪いのか。
どうやら今回のトラップは『黒煙のみ』であったようだ。
『なぁ、爆発の瞬間『ニャァ』って聞こえなかったか?』
落ち着くにつれ、ヒソヒソ話が始まっていた。話題は爆発の瞬間に発せられた猫版『断末魔の叫び』である。聞かれた方が頷いた。
『聞こえた聞こえた』『聞こえたよね。何か『ミケの鳴き声』っぽくなかった?』『嘘ぉ。ミケ帰って来たの?』『じゃねぇ? 何か凄く似てなくなかった?』『そう言われてみればそんな気も』『でしょぉ?』『でもミケさぁ、先週死んじゃったじゃん』『だから生き返ったんだよ。ほらまだ初七日も来てないしぃ』『そう七日ぁ?』
七代目ミケは死んだ。六番隊のカナリヤ『二代目ピーちゃん』+αと繰り広げられた熱き死闘の末に。小町はミケの訃報に驚き、手に持っていた注射器を床に落とすと、そのまま自室に籠ってしまった。
実験が中止になってしまい、余程悲しかったのだろう。気の毒に。
猫好きの小町は『番犬』ならぬ『番猫』の開発に余念が無い。猫なら犬と違って『警戒の対象とはならない』との実験結果から。
確かに侵入者も『猫が告げ口しに行く』とは考えないだろう。
そこで小町は『猫の改良』に勤しんでいる。目指すは『耐水性』は勿論、かつ『対マタタビ性』をも備えた猫。これを遺伝子操作で。
加えて、見敵即殺な性格を持つ『攻撃性』を重視。それには強力な猫パンチを繰り出す大きな足が理想と来れば、こちらは多種多様な交配を繰り返して形にして行く。中でも『肉球がよりぷにぷにしている種』を選んでいるのは、公然の秘密だ。
全ては硫黄島のため。全ては我らが大日本帝国繁栄のために。
『ボソボソ』「静かにっ! その辺!」『ザッ』『ビシッ』
何かを包み隠すように『喝』が飛ぶ。実はこちらも公然の秘密なのだが、『小町の喋りがニャーニャー語』であることを、三番隊でも一部の者しか知らない。理由は語らず。推して知るべし。
『ボソボソ』「直ぐに部屋を復旧にするんだ。隅々まで綺麗に!」
言われて隊員達は部屋を見回した。天井から壁、床まで真っ黒だ。
『えぇ?』『まじぃ?』『殆ど隊長の私物……』「早く! 始め!」
文句を言いたくなるのも無理はない。壁に掛けられた『推し猫』の数々。これはまだ良い。額に入ってガラスで守られている。
問題は棚に、所狭しと飾られた『幾多の猫グッズ』の方だ。これを一つ一つ『原状復帰』するには、相当な時間が必要であろう。
この緊急事態を放置してまですること? しないと殺されるけど。
『ドンドンドン。ガチャ』「すいません犬の首輪を見てkうわっ!」




