海底パイプライン(三百七)
今日で貫徹三日目。だから昨日、本部長が『鰻弁当でも食うか』と言い出したのだ。お使いは朱美に頼んである。彼女なら黙って『最高級品』を買って来るだろう。
「どういうことすかっ!」「うるせぇ黙れ。ハイ。もしもしぃ?」
牧夫が黙ったのは、あくまでも『電話中だから』である。決して『高田部長の圧』に負けた訳ではない。
しかし高田部長の変わり身は流石だ。部下を一喝からの猫撫で声。落差が激し過ぎる。しかし返事が無い。
「もしもし小町ちゃんですかぁ? 特別顧問のイーグルですぅ」
いや、そこまで遜る必要ある? 横で見ていた牧夫の方が恥ずかしくなってしまうではないか。ふと目が合って手招き。
『奥に詰めるから、お前も入って閉めろ』『ヘイ』『プシュゥ』
互いに無言で。このブース『一人用』なんですけど。狭いって。
牧夫が嫌々ながら扉を閉めると、3D映像が復活した。さっきと同じ『牧夫の机』である。そういうことか。
別に二人は『そこまで仲良し』ではない。実利主義同士だ。
高田部長は机上のPCを使いたかったのだろう。キーボードを引き寄せて打鍵し始める。いや、ログインIDが『牧夫の』なのだが、パスワードはどうすんの? あっ一発で通った。
ログインして表示された画面は実機とは明らかに違う。顧客に納品したシステムの管理画面だ。そこから更にメンテ機能へ。
結局画面にはコマンドラインが表示される。高田部長に言わせれば『これが一番早い』なのだろう。
「怖くなぁい。大丈夫でちゅよぉ?」『お忙しい所申し訳ニャいです。お話は終わりましたでしょうかニャ?』「あっ何何ぃ? 今の話、聞こえてたぁ?」『ニャニャニャッ。何も聞いてニャいです。小町は耳が遠いし頭も悪いので聞いてニャいのとおニャじニャァ』「あぁそれが正解かも。で、本当ぉに糞忙しいんだけど、何ぃ?」
小町の顔は見えないが、今の一言でかなり委縮したに違いない。
考えてみて欲しい。吉野財閥自衛隊の『特別顧問』とは、帝国陸軍なら『元帥』に相当する称号なのであるからにして。
五十嵐警備保障は吉野財閥自衛隊の関連会社で、非上場の『百%子会社』だ。故に五十嵐社長が本社に赴いて頭を下げるのは、経理部長が基本。忙しければ経理課長だったりもする。
それが管理職でもない、只の『主任クラス』がだ。総帥官邸の電話交換局にお願いし、特別回線で繋いで貰った所、相手が『今忙しいけど何?』なんてほざいたら、例え笑っていても。ねぇ?
『侵入者を捕らえた所、首輪に『NJSの刻印』が有りましてニャ』
「どれ?」『いえあの、電話ニャので』「今何処?」『硫黄島のぉ』
それは判っている。言うが早いか高田部長の手が動き始めていた。実際にキーボードがあったら、物凄い速さの打鍵音が鳴り響いたことだろう。しかし実際は3D映像である。
最後に『タンッ』と口で打鍵音を出すと、空中に多くの『上からの映像』が映し出される。三番隊詰所の入り口、控室、処置室、倉庫、更衣室、トイレ? おいおい。そんな所にまで監視カメラが?
「あぁ見えた」『ニャッ?』「何だ。随分大勢さんだなぁ。どれ」
牧夫の渋い顔は無視。小町の黒髪が映っている映像をタッチすると大写しに。いやぁ、システムは良く出来ている。
「先月号の『勝つる武装』に出てた奴じゃん。これ犬用だよぉ?」




