海底パイプライン(三百六)
今の声はチョット大きかったかもしれない。牧夫は鼻で笑う。
自慢じゃないが、自分のコードネームが知らない所にまで広がっていると、実力を示しているようで嬉しい。親しみも沸くと言うものだ。しかし実際は『相手が勘違いしているだけ』なのだが、当の本人はそれを知らない。いや、知らない方が幸せだろう。
『ホークしゃんは、『ファルコン』をご存じですかニャ?』
ちょっと噛んだみたいだが、牧夫は気にしない。
『以前大変お世話にニャりまして』「あぁファルコンは俺の嫁です」
『ニャニャッ!』「今頃家で飯でも作ってるんじゃないですかねぇ」
時計を見た牧夫は、可南子の日常を思い出してふと笑う。デカンタ刑事の再放送をゆっくり見るために、今頃躍起になっていることだろう。
『ニャニャァ? あの人が『お料理』ですかニャァ?』
「いやぁ、その辺の所もご存じの方とは。お恥ずかしい限りです」
絶対『情報源』は高田部長に決まっている。
『ニャニャニャニャ。私なんぞ噂にお聞きしただけでしてニャァ』
「結婚当時は私の方が明らかに上手くてですねぇ。ファルコン曰く『食えれば良い』って、そんな感じだったんですよぉ」『ニャァ』「なので私が『それじゃダメだっ』って、ちょっと厳し目に言い聞かせたんですけどぉ、そしたら『シュン』ってなっちまいましてぇ」
当時を思い出して吹き出してしまった。涙目もまたかわゆいかな。
「それっきり家で『大人しくしてる』って、感じなんですぅ」
『ニャニャニャァ……』「あっ、イーグルですよね。直ぐ呼んで来ます」『すいませんニャー』『プシュッ』「イーグルッ! 電話ですよ電話ぁっ! 何で本社からこんな所にまで転送してんすかぁ」
牧夫は気密扉を開けて、ブースの外に顔を出して叫ぶ。
だだっ広い場所に、幾段にも積み上げられた四角い箱があって、その内の一つから出て来たのだ。後ろ姿に反応無し。止む無く扉の隣にある梯子を伝って下まで降りる。最後はヒョイと飛び降りた。
「そう来たか。ならばコレでチェックメイt」「イーグルッ!」
肩をポンと叩いたら駒があらぬ方向に行ってしまった。ポチッ。
「ちょっ馬鹿野郎っ! 何てことしてくれるんだっ! 仕事増やすぞゴラァッ!」「ハイハイ。馬鹿なことしてないで仕事して下さいね」「これは仕事だろぉ。予算を賭けてだなぁ」「何やってんすか」『チェックメイト。これで予算は却下だ』「あっほらぁ。お前のせいでパーじゃねぇか。知らねぇからな?」「チェスで予算獲りとか。もぉそれより電話ですよ」「はぁ? お前こんな所にまで電話掛けて来る奴がいる訳ねぇだろ?」「居るんですよそれがぁ。イガ何とか警備の小町って娘。ニャァニャァ言ってる娘っすよぉ」「五十嵐警備保障の小町?」「あぁそんな感じの人っす」「何だよお前ぇ」
何だかんだ言って通じたのか高田部長が席を立つ。
「電話番位ちゃんとやってくれぇ。折角お前の席に転送されるように仕込んだんだからさぁ」「いやそれじゃモロ『たらい回し』じゃないですかぁ」「何言ってる。お前から別の奴に転送したら『たらい回し』だけど、一人目は『只の転送』だろぉ」「良いから早くっ」「んだよぉもぉ。折角ハンデ貰って勝てそうだったのによぉ。邪魔すんだもんなぁ」「32番ですよ」「判ってるよ。あの辺ってお前、扉開けっ放しじゃねぇかよ。ちゃんと閉めろぉ?」「ハイハイすいませんねぇ。早いトコ終わらせて下さいよ? まだテストあるんで。もう締切過ぎてるんですからっ!」「締切を過ぎたから何だ。大体締切は死んでも守れって誰が決めたっ!」「昨日の高田部長ですよ昨日のぉ」「そうだ。で、今日の俺は締切の延長交渉をしてやってたと言う訳だ」「顧客と?」「本部長に決まってんだろ」「無意味ぃ」「お前の夕飯と一緒に」「ちょっとっ!」




