海底パイプライン(三百三)
『コイツ等何言ってんだ……。血の気多過ぎだろ。輸血して来い』
632の素直な感想だ。決して口にはしていない。
調べて欲しい犬の死骸を持ち込んだだけで、いちいち『敵』とか見做さないで欲しい。そっちが猫好きなこと位は承知している。
猫柄の壁紙もそうだが、入り口の扉からして『猫仕様』になっているのだって、見りゃ判るってもんだ。ハイハイごめんなさいね。
「ドコに置けば良いですか?」「ヒィッ」「ちょっと」「ヤメテェ」
632が左右に振り回したが、あっ、あの子可愛い。誰も受け取ってくれそうにない。今の所は体を反らせ顔を覆っているだけ。
何人かは指の間からこちらを伺っている。かなり警戒してのこと。一歩踏み出した瞬間、たちまち黄色い声を上げて逃げ惑うだろう。
いやいや三番隊、大丈夫か? それは弱過ぎるでしょ。
『ボソボソ』「三郎。お前やれ」『えぇ? 俺ですかぁ?』
無言だが表情からして明らかに言った。自分を指さしてたし。
まるでモーリタニア人がタコを掴むような目をして、632から犬の死骸を受け取った。ちゃんと両手で抱き抱えるように。
口は明らかに『イィ』の形になってしまっているが、それを見ている方も同じなので誰も変には思わないだろう。
しかし三番隊は何か? 班長名は単純に『数字』と『郎』の組み合わせ? じゃぁ女の班長は? ちょっと不憫である。
『ボソボソ』「向こうで見る」「じゃぁ、私はこれで」
小町隊長が動き出したのを見て、632はお辞儀して即退散だ。班長の呼名なんてどうでも良い。持ち帰って話した所で『フーン』で終わりそうだし。月一飲み会のネタにもならん。
すると『お見送り』と思しき何人かが、ジリジリと迫って来たではないか。当然それは632にも伝わる。十分過ぎる程に。
扉をサッと開けて出ようにも、既に後ろから『カチャン』と鍵が掛かる音が。これはもう逃げられない。可愛いあの子の目も怖いし。
いやいや。普通お見送りは『ドアの外』でしょう? こんな部屋の中で『お見送り』だなんて。ハハハ。乾いた笑いしか出ないなぁ。
『ボソボソ』「あぁ、六番隊のお前も来いっ」「ハッハイッ!」
大きな声で返事をし、真上に飛び上がってから歩き出す。このときばかりは『小町が神に見えた』と、後年632は語っている。しかし今は表情をそのままに、ヒョコヒョコと付いて行くのみ。
奥の部屋には腰の高さ程の大きなテーブルがあった。上からは過剰とも思える数の照明が、机を隈なく照らしている。何だこりゃ。
これを『机』と言うには『形』が何とも奇妙。嫌に細長いのだ。
例えるなら、まるで『人間を寝かせるベッド』と言えなくもない。いや勿論『こんな光量』では眠れないので、そんな訳無いが。
小町は机の真ん中辺りにある箱の上に立った。そこまで猫模様とは。他の隊員はそのまま机の周りに並ぶ。成程『高さの調整用』か。
『ボソボソ』「メス」「こいつオスですけど?」
股間を見た三郎が問う。いやモザイク掛かっているのに神の目か。
『ボソボソ』「これからメスにするんだと」「成程ココ置きまーす」
『ボソボソ』「お前をこれから『三江』にするってさ」「イヤン!」
三郎が笑いながら股間を隠している。それから『冗談だよね』と周りを見回しているが、笑顔は皆無。これは終わったか?
『ボソボソ』「このリード線を切ったら、起爆する仕掛けだな」
どうやら何もせずにココへ持ち込んだのは正解だったらしい。しかし小町が手にするメスは、リード線をツツーッとしているのだが。




