海底パイプライン(三百一)
満が闇に消えたことを知る由もなく632は三番隊詰所に到着。
『コンコン』「失礼します」「何だ。この糞忙しいときに」
31じゃねぇか。この班長は苦手である。顔が怖いから。しかし見えたのも束の間。奥にいた小町隊長の囁きが聞こえたのだろう。
しかしまぁ小町隊長の方が、まだ怖くない。当然『見た目だけ』の話である。632も含め、今この部屋に居る誰よりも強い。
『ボソボソ』「えっ本当ですか?」『声ちっさ。良く聞こえんなぁ』
小町隊長の声が小さいのは他の隊でも有名だ。会話はマイクに頼るのではなく、班長達が交代で『スピーカー役』を仰せつかる。
あんなに怖い顔の31でさえ、隊長の前には手も足も出ないのだ。故に、姿勢を正して全力で取り組むしかない。
囁きを聞くための基本姿勢は、足を開き両手を後ろへ。背の低い小町隊長に向けて腰をグッと曲げる。視界を遮らないように顔横まで耳を近付けたら、後は耳をよーく澄ます。なぁに慣れれば簡単だ。
注意事項は二つ。一つは顔を近付け過ぎないこと。当然、視界にも入らないこと。但し、小町隊長が見た場合はOK。
二つ目は臭い。風呂に入ってないとか論外で、頭もよく洗っておくこと。当然『ニンニク臭』なんかもご法度である。
この二点を守らないと、無言のまま『サクッ』と耳を刺されてしまう。そうなったらお役御免。速やかに交代だ。
腰を真っ直ぐに伸ばした31が、さっきよりもっと怖い顔に。
「お前、六番隊かっ!」「ハイッ! 632ですっ!」
こんなときは『番号制』の方が早く説明出来て助かる。しかし31は大声で問うた割に、それ以上何も聞いて来ない。
『ボソボソ』「こいつ、そんなこと言ってましたぁ?」
小町隊長が何か言っているときは、基本静かにしなければならない。白熱した『隊長会議』のときならいざ知らず、ここは『三番隊詰所』なのだから当然だ。実は周りにも沢山の隊員が控えているのだが、誰も彼もが手を止めて『休めの姿勢』で固まっている。
しかし31は口臭に問題が無いのだろう。だとしても相槌やら発言を、小町隊長の顔横で行うとは勇気がある。
『ボソボソ』「失礼なやつですなぁ」
しかし『話が進まない』とはこのこと。小町の発言は不規則で、傍目には『31の仕事が遅い』と見えるだろう。何せ632へ伝える前に次の発言が来る。どちらを優先するかは説明するまでも無い。
が、その度に体をピンと伸ばしたり縮めたり。ほら、また曲げた。
『ボソボソ』「確かに聞こえたと。えぇハイ。判りました」
すると今度は、やけにゆっくりと姿勢を正したではないか。
多分『文節の区切り』が付いたのだろう。31はずっと632を睨み付けたままであったが、その顔、目が尚一層厳しくなる。
やがて顎を上げると、上目遣いに睨み付けたではないか。
「お前、隊長のことを馬鹿にしたなぁ?」「えっ? 俺がっ?」
31は後ろに組んでいた両手を前に出すと胸の前へ。
「剰え、俺のことも」「いえいえいえいえ」「許さんっ!」
胸の前で左掌に右拳を重ねると『ボキボキボキッ、ボキッ』と鳴らす。今度は右掌に左拳を。同じように『ボキボキッ、ボキッ』と鳴らした。一方の632は右手で自分の顔を指さした後、両手と首を横に振り千切っている。如何に無駄な行為であろうとも全力で。
因みにだが、その間小町隊長の表情は、ピクリとも変わらない。
「お前から『死の匂いがする』と仰せなので、俺が叶えてやる」




