海底パイプライン(二百九十八)
特に上手いことを言ったつもりは無い。三咲は首を傾げて流す。
今はココ以外に問題が発生していないか確認するのが先。人にしろ犬にしろ、侵入されたのは確かなのだから。
「もう報告した?」「何をですか?」「何も聞いて無いけど」「あぁ」
そう言えばカナリヤであった。危機の察知能力はあるが、報告機能は搭載されていないらしい。三咲は満は放置して六実に聞く。
「この先の『P1』から侵入されたっぽい」「こいつだけ?」
六実は袋を指さした。アラートの原因が『犬』だとしたら、六実にも『一大事』だと判る。三咲の顔面通り深刻であることも。
「複数の可能性もある。それに、かなりこっち側だった」「まじ?」
今居るのは、陸上部分の終端である。次の立坑は海の中。しかも、複数方向に分岐する『ハブ』なのだ。
当然警備は万全で蟻の這い出る隙間も無いはずなのに。それが何倍もある巨大な犬が現れたとあっては、万全な警備とは一体。
「それはまずくね? おい、P1に誰か行かせろ」「了解です」
六実が663に指示すると直ぐに走り出す。無線は持っていない。
問題なのは、アラートが出たのが『ココ』だったこと。だから来たのだが、蓋を開けてみれば事態は更に深刻である。
てっきり『ガチの鼠』だと高を括っていた。心の何処かに油断があったと言っても良い。しかしそのせいで、長い通路をトコトコ歩かれて撮影を許した上に、あと少しで『硫黄島上陸』だったのだ。
「何匹も居たのか?」「いや、回収したのは一匹だ」「うーむ」
今回侵入したのが犬だった故に『死んで良かった』と言えるが、愛犬家にしてみれば許し難いことだろう。いやそうじゃなくて。
実はパイプラインの管理通路内に、ドローンが現れたことがあった。当然、強力磁石に引っ付いて動けなくなり、そのときは事なきを得たのだが今度は犬か。敵も考えるものだ。
「海面からかぁ?」「いや、それは無い。今日は工事無いし」
侵入されたドローンは『超小型』の代物だった。短距離物の。
浮島で作業をするスケジュールが漏れていたのだろう。上部ハッチが開いている瞬間に無線連絡が入り、その隙を突かれたのだ。
それ以降手順通り『ハッチを開けている最中』は、無駄話をすることなくパッと開けて、パッと閉じる、ことになっている。
因みにだが、ドローンを忍び込ませた犯人はまだ捕まっていない。だから何処からどうやって侵入させたのかも不明だ。ドローンの航続距離から考えて、かなり近くから発進させたであろうことは判るが、それだけ。海の真ん中なのに、どうやって来たのかが判らない。
となると、同一犯の可能性も否定できない。しかも『ドローンからの映像』を参考に、『今度は犬にしやふ』と対策を練り、硫黄島に最接近しての凶行である。許すまじ。このまじは許さない方のまじ。
「おーい。センターに戻れっ!」「どうしたっ!」「はやっ?」
聞き覚えのある声に三咲と六実が振り返る。報告に行ったはずの663が走って戻って来たのだ。いや、走ったって無理な距離。
「もう豊四季と八街がP1に向かった。そっちにもアラートが出て」「大変だ」「直ぐ戻ろう」「P2、P3は?」「判りません。俺も途中で言われて戻って来ただけなんで」「道理で。だよな」「まぁ」
ここで『足遅いもんな』と、一言付け加えるのは止めておく。
結局『お土産』をどうすべきかは戻ってから相談か。地味に重い。




