海底パイプライン(二百九十五)
『ガコンッ』「これ、どっちですか?」『右だ』「へいへい」
梯子を降りた所で、また小部屋があった。上にあったのと同じような感じだが『火を灯す場所』は無い。小さな照明が一つだけ。
開いたハッチの前で、満は左右を指さしていた。『どちらでも良い』と思いながら。そして嫌々『言われた方』へと向かう。
一方の633は無言のまま指示をしていた。当然『右だ』と言ったことになっているが、それは『意訳』である。映像が無いので仕方がない。おっと。有った所でガスマスクを装着していたか。
満は明らかに不貞腐れながら、不用心にハッチを潜り抜ける。
『逝ったな』『こいつ、何も考えてねぇ』『しょうがねぇなぁ』
満のケツを見守りながら三咲と部下二人は呆れている。当然今のも身振り手振りだ。後は肩を竦めるのと、目が合えばそれで。
左右に振ったケツは如何にも『どうぞ』だが、誰も蹴っ飛ばそうとはしない。が、それは『優しさ』に非ず。無用な音を立てないための自己防衛だ。カナリヤによる『断末魔の叫び』も含めてのこと。
『一度死なねぇと理解しないのでは?』『いや、こいつぁ死んでも解んねぇ』『だなぁ。そもそも死んだことすら自覚しなさそうじゃね?』『言える言えるぅ』『判るわぁ』「よいしょっ!」『!』
三人は無言のまま見合わせて、無言のまま同時に肩を竦める。
そんなにデカい声を出すんじゃねぇ。今更ながら『ケツに一発ぶち込んどくべきだった』と思う。勿論『つま先』の方だ。
「ちょっと真暗なんですけどぉ。早く来てくださいよぉ」
余りの阿保さ加減に、思わず『俺が行く』と三咲が立候補だ。
このまま騒ぎ立てられたら敵わん。『アラートが出た』の意味も解っていなければ『明るかったら』の後も予想していないとは。
まだ『誰か』がウロウロしていれば、明かりの一つも点いている可能性を考慮すべき。故に『シン』と静まり返っている所で、無暗に音を出すんじゃない。先ずは購買でゴム底の靴を買って来い。
『トントン』「あっやっと来た。懐中電灯は?』『シーッ』
文句を言っていた割に、先へと進んでいるではないか。ハッチから漏れ出た薄明りが届かない場所まで。いやぁあのね?
先ずはハッチを出た所で左右の安全を確保。次に仲間に合図して、それから固まって動きましょうね。死にたいんですか?
「早く貸して下さいよ。俺、どうせ先頭n」『ドスッ』『シーッ』
一発腹に入れて、やっと静かになった。表情までは判らん。
もしかして暗い場所で『黙れ』と、ハンドサインを送ったのが見えなかったのかもしれないが、この際それは許そう。一方的に。
うずくまった満と一緒に三咲も腰を低くした。一旦振り返って632に合図。すると背中合わせの633も右手を上げた。632が背中を叩き『大丈夫か』と確認してのことだ。あくまでも静かに。
どうやら見える範囲の安全は確保されたか。
『カチッカチッ』『トントン』『俺っスかぁ?』『上に上がれ』
一瞬だけ懐中電灯を照らす。満は黙って自分を指さした。
何のことだか判らない。今の『人差し指』は何を意味してる?
少なくとも『気分アゲアゲェ』ではないのは確か。首を捻っていると、今度はハッチの方を指さしてから『梯子を登れ』と。
「良いんですk」『ドスッ』『イテェなぁ。いちいち殴らなくてm』『早くっ』『ヒィッ、行きますよぉ』『上に見たもんを報告しとけ』『行きゃぁ良いんでしょぉ』『正確にな?』『たくよぉ。んだよぉ』
果たしてカナリヤに『ハンドサイン』が通じたかは、定かでない。




