海底パイプライン(二百九十三)
腕を引っ張られて、開いたハッチに頭を突っ込まれた。小さい体でも、腕力は新人の比ではない。軽々と、と言いたい所だが、実際は二人掛かりだったりする。一人は頭を。もう一人はケツを蹴って。
すると抵抗虚しく『ストン』と中に落ちて行った。あらま豪快に『ゴンッ』という音が。これは痛そう。
「殺す気ですかっ!」『あぁ、ここは大丈夫そうだな』『ですねぇ』
ハッチを開けてから、結構時間が経過したからだろうか。しかし隊員達は誰もガスマスクを外す気配すらない。当然だ。
パイプラインの警備に於いて、『決して油断しない』というのが、彼らの信条である。何故なら自分達が『最後の砦』と判っているからだ。事故が起きても誰も助けには来てくれない。
「俺にもガスマスク下さいよっ!」『カナリヤには要らねぇだろ』
例え新人ががなり立てようと、冷静に対処するのみ。
聞こえているのは日本語で、その意味を理解して返事をしているようで、実は『ピーチクパーチク』と囀っているに等しいのだ。
因みにだが、カナリヤが『ピーチクパーチク』と鳴くかは知らん。露天風呂、青空を見上げながら入る壺湯でちっこい鳥が鳴いていた記憶がある。きっとあれが野生のカナリヤであろう。
「俺はカナリヤじゃねぇ!」『はいはいじゃぁ雲雀ね。そこ開けろ』
言い方として『はいはい』と『ハイハイ』は、どちらが丁寧か。
この場合は丸い感じがする『はいはい』の方に軍配が上がるだろう。満にもそれが判ってか、渋い顔をしながらも指示には従う。
が、直ぐに振り返った。質問があったからだ。しかしそれも無駄に。満の意図を理解し、あっさりと『答え』を指さされてしまった。
実は『どうやって開けるのか』と聞く振りをして、ついでに新鮮な空気を吸おうとしたのだ。これでは息も吸えぬ。鬼か。
仕方なく息を止める。そうして書かれていた手順に従い、レバーを操作。すると『ウィィィン……』とモーターが減速する音が?
扉を開けると送風機の電力が途絶えてしまうようだ。空気ぃ……。
その先は……。暗くて見えぬ。いや、ポッカリと開いた穴が。当然、梯子があって、そこを降りて行くのは明らか。うーん。
背の高さは多少融通が利くかもしれないが、デブついては妥協のしようが無い。腰まで入った所で動けなくなってしまうだろう。
「これ、行くんですか?」『そうだよ』『早く行け』「えぇえぇ」
ハッチを覗き込んでいる先輩に聞いても、状況に変化無し。
やはり人には、いや、カナリヤには『カナリヤなりの役目』がある。しかし今日のカナリヤ特別。何てったって『言葉が通じる種類のカナリヤ』であるからにして。ならば『それなりの情報』と言うのも与えられて然るべき。梯子に足を掛けたタイミングだけど。
『気を付けろ。一酸化炭素は下に溜まりやすいからな』「!」
息を忘れたカナリヤは、リスのように頬に膨らませていた。当然中身は『空気』であろう。それがピョコンと上がって来る。
しかしマスク越しでも圧に負けてか、覚悟を決めて梯子を降り。
『一酸化炭素は無味無臭だから油断するなよ』「!」
『一息でも吸ったら、即意識を失うぞっ』「!!」
『吸っちまったら、倒れる前に大声で知らせろよっ!』「!!!」
しかし『有難い情報』も、寧ろ逆効果だったらしい。ピョコピョコしているだけで、結局は一歩も進んでいないからだ。
いや、結局はハッチまで戻って来てしまったではないか。
「俺にもマスク寄越せっ!」『ダメェ』『お前は付けても意味無ぇ』




