海底パイプライン(二百九十一)
「誰じゃねぇよ。お前だよ」「はぁ……?」
欲しかったのは『コードネーム』だったのに、『フルネーム』を拝領したみたいで凄く気になる。しかし口答えも出来ぬ。
「ほら着いたぞ」「散開っ!」『ダダッ』『ダダッ』『ダダッ』
六班は配置へ。丸いハッチの上には覗き窓があって、中を見れば炎が燃えている。すると三咲が『消火』のボタンを押す。
火は何事もなかったように、シュッと消えた。632と633がそれを確認。ハッチのハンドルに手を掛けると笑う。
「ほらぁ満ぅ。出番だぞ」「えっ?」「もっとこっち来い」
あらま『飯山』は何処に。随分適当だなと思っている内に、満は633に引っ張られて、丸いハッチの左隣に立たされる。
ハッチの右隣りには蝶番が付いていて、ハッチを開けたら一番最初に満が中に入れるだろう。満は『そういうことか』と理解。
「俺が最初に入るんですか?」「それでも良いけど」「頼むわ」
ギコギコと鳴る丸ハンドルを回し始めた二人が答える。
何だ情けない。先輩達二人は新人の俺に『先に行け』と言うのか。
と、理解した瞬間。実は『先に逝け』ではないかとの疑義が。丸ハンドルが軽くなって来た。これは早く確認せねば。
「あのぉ、銃とか無しなんですか? 中って危ないんですよね?」
するとニッコリ笑ったではないか。つまり危ないと。ならば余計に武装せねばならない。背負っている銃を寄越せと。あれ?
「俺達は丸腰だよ」「お前死にたいのか?」「パイプラインだぞ?」
三班の全員から叱責されてしまったではないか。満は在りし日の『洋子の言葉』を思い出す。そう言えばそんなこと言ってたな。
危ない。初日からやっちまう所だった。でも、何か武器をくれ。
『ギィィッ』「ほら開いたぞ。クンクンってやってみ?」『くせぇ』
言うが早いか『ガスマスク』を装着したではないか。声が籠る。
『中に毒ガスが充満してっからさぁ』「ええぇ?」『ほら満ぅ。カナリヤの出番だぞ。頼んだ』「嫌ですよっ! 俺にもそれ下さい!」
隣に居た633に腕を伸ばすが、簡単にあしらわれてしまった。
『ふざけんな』『隊長に報告すっぞっ』『臭い嗅げばイイだけだろ』
ガラス越しに見えるどの目も笑ってやがる。それでも満は動けない。俺は『カナリヤの餌』として配属を希望しただけなのに。
『しょうがねぇなぁ。特別だぞ?』『おっ、良かったじゃん満』
三咲がリュックサックを降ろし、蓋を開けてガサゴソ探し始める。
『予備居るんですか?』『あぁ。こんなこともあろうかと思ってな』
『流石』『空気読んでるぅ』『歌を忘れたカナリヤは、後で処分だ』
満を見た三咲の目は、やっぱり笑っている。本気なのかどうかを確認する勇気なんて、満にはない。
『ジャジャーン。プーちゃん登場ぉ!』『おぉおぉ。久し振りぃ』
三咲が取り出した『予備のカナリヤ』は随分と小さい。さっきまでの『ピーちゃん』とは比較にならない程だ。満は覗き込む。
「何ですか? これ」『カナリヤに決まってるだろ』『可愛いだろう。プーちゃんはなぁ、単三電池が餌なんだぞ?』『良く食うんだ』『家で飼ってるカナリヤは五匹居てな。パーちゃん、ピーちゃん、プーちゃん、ペーちゃん、ポーちゃんって言うんだ』「適当ぉ!」『何言ってんだ。毒ガスを検知したら『プー』って教えてくれるんだから』『優秀ぅ。それに比べてお前は、本当に口だけじゃねぇか』「いやいや。機械があるなら、最初から出して下さいよぉ……」




