海底パイプライン(二百八十二)
何だ、小町は見た目と違って口が悪いのか? それとも人と基準が違い過ぎるだけか。その表情からは伺い知れない。
副隊長が『通訳』をしているのか、それとも『スピーカー』をしているのかも然り。どっちなのかは後日、明らかになるだろう。
「着いたぁっ!」「逃げ切ったぜっ!」「待てっ寄越せっ!」
四着以降が到着して、待ち行列が出来上がる。
この場合『MM7』と言いたい所だが、新人の希望はMM6。いや、そもそも後から来た奴は、受付窓口が幾つあるのかをご存じない。到着時間もランダムでポアソン分布だし、そもそもサービスについては期待薄だ。結局『順番に並ぶ』なんてお行儀の良いことも出来ず、何もかも計算外である。二着、三着も気が気ではない。
「あのぉ、俺に是非、『猫の餌』やらせて下さいっ!」
お声が掛かったら断るな。それは洋子からの『最後の教え』だ。体を腰から二つ折りにする勢いで頭を下げた。他の新人が驚く。
『ブツブツ』「良し決定」「っしゃあぁ!」「えっ?」「今の何?」
「洋子の隊じゃなくて良かったぁっ!」「ねぇ今の何?」
何か人形の唇が微妙に動いたと思ったら、隣の男が何か言ってる。
想像していたのと大分違う事態について何ら解説も無く、許可を受けた喜びに浸りながら行ってしまった。勝手に後を追う訳にも。
ならば、残されたもう一人に聞くしかない。
「俺もカナリヤの餌で良いですっ!」「カナリヤァ?」「えさぁ?」
三番手も頭を深々と下げたではないか。今のは確かに日本語か?
「よぉし、餌ゲットォッ」「しゃーっ」「どうすんの?」「さぁ?」
三番目の新人は、弱そうな兄貴の許可を貰って嬉しそう。しかし『カナリヤの餌』については、許可した隊長はおろか、洋子まで『謎』に包まれているらしい。何だ? この選考は。入隊時に『変なこと』を言わないといけないのか? 新人達の表情が凍り付く。
いや、コントロールセンターの入り口付近で、『訓練用ナイフ』を奪い合う二人は別として。そこへ洋子が歩み寄る。
「ほらお前達ぃ」「寄越せこらぁ」「これは俺の物だっ」「ナイフの取り合いは外でやれぇ」『ドカッ』「うわっ」『カラーン』
本人にしてみれば、軽く蹴ったつもりであろう。しかし争い合う二人は、思いの外長い距離を転がって行った。
勢いナイフを落としたのか、金属音が通路に響き渡る。
「俺のだっ!」「くそっ!」「ナイフじゃねぇか!」「テメェ二本要らねぇだろっ!」「返せこの野郎っ!」「元々は俺のだっ!」
お陰で、コントロールセンターの手前で『醜い争い』が始まってしまったではないか。ちゃんと争い易いように、広い場所を与えてやったにも関わらず。何をやってるんだか。
洋子は肩を竦めながら定位置に戻って来るが、そればっかりは『100%洋子のせい』と言って良いだろう。他の隊長も異存あるまい。
「これぇ、早く決めないといけないのぉ?」「あのぉ俺は……」
ちょっとイライラし始めたのは道夫だ。普段死体を相手にしているだけあって、余り煩いのは我慢出来ないらしい。許可が出たならば、直ぐに大人しくさせることだろう。一生喋れない位に。
「俺の隊、今年は補充要らねぇって言ったのになぁ」「あら、それを言ったら家の隊も同じよぉ。わざわざ川崎から飛んでこないわ」
まだ手を上げていないのは五番隊の雅人だ。京子に言い返されてブツクサ言っているが、それは紙面の都合上割愛させて頂く。




