海底パイプライン(二百八十一)
「じゃぁ、貰っとくわ。配属が決まった奴は、あっちに行って」
『殺す殺す殺す』『殺す殺す殺す』『殺す殺す殺す』
殺気を漲らせてつつ待機場所へと向かう。洋子を睨み付けながらだ。まだ配属が決まっていない二人と、二方向から睨み付けるが効果無し。洋子は誰とも目を合わせることなく涼しい顔だ。
あのアマ、口笛を吹く真似なんてしやがって。ぜってぇ許さねぇ。
「洋子ちゃん、新人達に、何吹き込んだの?」「んんっ?」
不思議がっているのは道夫だけはなかった。勝也も新人を指さす。
「そりゃぁ『希望』って奴よぉ」「ブッ!」「フッ」「あら」
洋子の答えを聞いて、勝也以外も笑っている。小町まで。
『ブツブツ』「ハハハ。洋子は酷い奴だなぁ」
いや、いつも通りブツブツ言っただけ。それを通訳する方も、『どの程度の笑い』にすれば良いのか判らない。何せ、実際に笑った所を、目の当たりにしたことが無いのだから。
確かに小町は、誰かの冗談でいちいち笑ったりはしない。
しかし猫好きなので、『猫が寝転んだ』と聞けば、ちょこっと微笑む位はするかもしれない。が、所詮その程度だ。
「ダメだよぉ。そんな有りもしないことを教えちゃぁ。教官なんでしょぉ?」「もう教官の役目終わったから関係無いし」「うわぁ」
勝也の突っ込みにも冷静に返し、洋子は責任を放棄した。
短い期間とは言え『教える者』と『教わる者』の関係について、何らの感情も持ち合わせていないようだ。
もしかしたら研修後も『あの人のようになりたい』と、目標になり得たのかもしれないのに。そして成長した暁には、心強い『仲間』として、信頼関係を築けた可能性もある。つまり教育とは、単に『知っていることを効率よく伝える』というだけでなく、人として双方が向き合う所から始まっているのだ。仕事の合間に『やれ』と押し付けられた『一銭にもならねぇ作業』に非ずだ。
「どうせアイツらが学ぶのは『死の間際』なんだしぃ、んなの関係無いジャン」「それは言えるぅ」「だとしても『死にざま』ってのは重要でしょ」「あっ、道夫先輩は優しいっすねぇ」「そりゃぁ『清掃の仕方』に大いに関係するからさぁ」「うわうわ。同類発見!」「何だよオイ」『ブツブツ』「やっぱり毒で殺すのが一番綺麗」「いやいや小町ちゃんの作る毒も、結構えげつないでしょぉ」「あぁ。上からも下からも色々出ちゃった上に、最後は体中からビシャーッて出るのとか。あれはもう、お願いだから勘弁してね」
洋子は相手を人とは思っていなかった。ならば致し方あるまい。
総じて他の隊長達も人としては『同類』のようだ。誰も新人達を庇う気は、これ(※)っぽっちも無いらしい。(※約一ミリ)
『ブツブツ』「じゃぁ『新しいの』が出来たから試してみる? 丁度ガタイの大きいのと小さいのを探していた」「止めてぇ」「勘弁して下さい」『ブツブツ』「大丈夫。シロップで甘い味にしてある」
新人達を放置して隊長達の『冗談とも取れぬ会話』が続いていた。
会話を聞く限り、何だか洋子が『まともな女』に見えて来るから不思議だ。確かに洋子は直ぐ人を殺すし、嘘もつくし、碌な奴ではない。しかし、冗談も言うし、難しい試験を『クイズ』にもしてくれたではないか。そうだ。ちゃんと『警告』だってしてくれる。
『ブツブツ』「じゃぁ一人、検体として貰っとくか。お前来い」「あっ小町先輩。そういうの有りぃ?」『ブツブツ』「猫にマウスを与え過ぎたから」「ずるーい。じゃぁ俺も一匹貰っとくかなぁ。この間『誰かさんの猫』が、家のカナリヤを食っちゃったんだよねぇ」『ブツブツ』「何だ。変なモン食わせやがって。ちゃんと管理しとけ」




