海底パイプライン(二百七十七)
洋子の姿を見つけて右手を上げたのは、六番隊の勝也。背格好は集まっている六人の中で一番小さく、しかも温厚な笑顔。こんなんで『本当に隊長?』と思えるが、実際隊長なのだから仕方がない。
その隣でブツクサ文句を言っているのは五番隊の雅人で、随分と文句が多そうな奴。それをなだめているのは四番隊の道夫だ。
既に『特殊清掃』を終えて、コントロールルームに来ていた。服装も作業着から戦闘服に変えている。一番体が大きくてゴツイ体だが、こざっぱりとしているのはシャワーを浴びたせいか。
「今年は何人生き残った?」「結構逝っちゃったんじゃないのぉ?」
道夫も洋子の姿を見つけて右手を上げる。勝也は肩を竦めた。
「嫌だなぁ。二人共、何言ってんのぉ」「だってぇ」「おぉおぉ?」
洋子は親し気に話す。冗談じゃないとばかりに手を縦に振って。
しかし勝也は兎も角、現場を見た道夫は気が気ではない。
「まだ清掃必要?」「そりゃぁ必要でしょおぉ。毎度大変ねぇ」
道夫が気にしているのは、人数より『特殊清掃の要否』らしい。人体標本を見過ぎて、精神の一部が壊れている? が、それを気遣うべき仲間の勝也だが、気の毒がっているのは口先だけ。決して『手伝おう』とは言い出さないのが勝也の勝也たる由縁だ。知らんけど。
「集合って言うから、折角着替えて来たのになぁ」「同じだろ」
突っ込んだのは雅人だ。確かに四番隊の制服は七番隊と同様、任務に特化した服装となっている。それでも道夫だって人間だ。
制服だって、ちゃんと『清掃用』と『正装用』に分けて着用しているのに。まぁ口で言った所で、誰も解りはしないだろう。
『ボソボソ』「清掃は後回しで良い」『ボソボソ』「どうせ死んでる」「小町ちゃんも酷いこと言うなぁ」「可愛い顔してぇ」
今のは知らない人が見れば、異様にも映るだろう。何故なら、今聞こえた声は確かに男。しかも野太い声。
しかし道夫と勝也が突っ込んだのは『幼気な少女の方』だからだ。
割と小柄で黒髪が背中まで伸びている。今日は制服だが、着物を着せたらまるで日本人形のような出立だ。そう思うと、整った顔立ちも逆に不気味。目は何処を見ているのやら。何か夜は見たくない。
人形のように感情が無いのか、兎に角無表情で笑いもしない。
すると、唇が僅かに動いた。直ぐに隣の大男が耳を傾ける。
『ボソボソ』「道夫ちゃんこそコロンの匂いキツイ」「そぉおぉ?」
今日の通訳は副隊長の『31』だ。隊長の面々も、副隊長の存在は消して『小町の声』として受け入れているようだ。
実は最初の頃、副隊長がおずおずと挙手し『すいません、小町隊長の仰っていることをお伝えして宜しいでしょうか?』からトークが始まっていた。そして『小町隊長は○○とおっしゃっております』と伝える。喋る度にこれだから、全然話が前に進まない。
だからこその通訳なのだが、今日の『31』は中でも『気が利く奴』として小町から頼りにされてか、大事な場では良く見かける。
そう言えば『34』だが、最近はとんと見掛けない。無表情の小町から感情を増幅して伝える能力に長けていたのに。最後に見掛けたのは、ちょっと前の隊長会議であろうか。しかも途中まで。
突然手を上げて、力強く訴えたのが最後となってしまった。
『ちょっとうんこ行ってきます! あっ三日ぶりなので長いです!』
即座に全員が笑いを堪え、聞こえない振り。が、表情までは隠しきれなかった。一方の小町は、無表情のまま席を立ち会議室の外へ。
流石、腕の立つ暗殺者は違う。いつでも冷静とは。見習うべき。




