海底パイプライン(二百七十六)
背中で語るとはこういうことだ。洋子は無言で通路を行く。新人達を振り返りもせずに。しかし実際の所、誰も見ちゃぁいなかった。
すれ違った落伍者達も同様だ。訓練用ナイフが直ぐ横にあったとしても。玩具にしているのが洋子である以上、奪い取れはしない。
敗者復活を目指すなら、何も知らないであろう『地上組』から奪うしかあるまい。このまま『地下組』として配属されれば、主な任務は『地下通路の警備と保全』になってしまう。
日本語とは実に曖昧なもので、それには『罠の整備』が含まれ、かつ、罠の整備には『罠の拡張』も含まれるそうな。
『つまりお前らは、一生穴掘りだっ!』『えぇえぇ』『まじすかぁ』
『穴掘り隊に名前は無いっ! 配られた『ツルハシ』に番号が刻まれているから、それがお前らの『新しい名前』だっ!』『ひでぇ』
『すいません』『何だっ』『今の時代、削岩機とか無いんですか?』『削岩機なんて、班長からに決まってるだろうっ!』『あぁ』『大体大した腕力も無いのに、新人のお前らに削岩機なんて使わせたら、逆に危なくてしょうがないわっ!』『そういう……』『俺、道路工事のアルバイトしたこと有るっす』『甘い甘い。使いたかったら、そうだなぁ。ツルハシ三本すり減らしてダメにして来い。その度に『若い番号』をやる。因みにだが、若い番号のツルハシを持っている奴が上官だ』『どういうこと?』『どうもこうもない。ツルハシの番号が序列を表すっ! 解り易いだろぉ?』『おぉおぉ』『言っとくけど、風呂も飯も『番号順』だからなぁ?』『判りやす過ぎる』『と言うことで、先ずは腕力を鍛えて来いっ!』『うへぇ』『削岩機を許可するのは、それからだっ!』
こんな感じで『副隊長』って男から説明を受けて来た。
しかし全員が思っている。ケチケチすんなと。説明のために、副隊長が手にしていた削岩機。見れば金文字で『71』と刻印されているではないか。お前、あと七十台は削岩機が有るんだろうと。だったら貸せと。タイパ重視しろ。宝の持ち腐れではないか。
「寄越せぇえぇっ!」「お前、生きてたのかよっ!」「今度はお前が落ちろぉおぉっ」「ざけんな冗談じゃねぇっ!」
洋子の後で騒ぎが始まった。しかし何が面白いのか、薄笑いだ。
「始まったわね。子供の喧嘩が。皆、仲良くしないとダメよぉ♪」
どのような醜い争いが繰り広げられたかは想像に任せるとして、実際低レベルな争いが繰り広げられていた。
大振りの殴り合い。からの二対一、三対一。からの、何処を踏んでも開かぬ落とし穴。からの、とっ掴まって馬乗りグーパン。
大した話にもならぬ。止め絵のダイジェスト版で十分だ。
「これ、ボーナスねぇ。抜けたらだ・け・ど★ミ」
一人呟きながら、洋子は訓練用ナイフを壁に突き刺した。果たして新人達が、洋子で抜けるかは甚だ疑問だ。好みの問題もある。
角を曲がって罠を超え、コントロールルームに到着すると隊長達が待ち受けていた。全員『五十嵐』である。
「あっ洋子ちゃんだ」「家の隊欠員居ないんだけどぉ」「まぁまぁ」
全員が洋子以上に一癖も二癖もある奴らだが、大人しく待っているのには理由があった。それは『五十嵐同士の私闘禁止』である。
訓練と称して戦うことも禁止。許可されているのは『お頭の前』と『口喧嘩』だけ。血気盛んな奴らとしては不満も大いにあろう。
が、それもこれも『ガリソン施設の防衛』という重大任務を前にしては、迂闊に表に出すことも許されぬ。役に立たぬ者は『一族の恥』と見なされ、お頭自らの手により粛清されてしまうのだから。




