海底パイプライン(二百六十四)
顔は兎も角、目つきは悪い奴だ。野太くなった声も含め。
さっきまで可愛く喋っていたのは仮初めの姿か。若しくは演技か。いずれにしても『危ない奴』であることは確かだ。
既にどっちが『表』なのか『裏』なのか判らないが、今の洋子と街ですれ違っても、声は絶対に掛けない自信がある。
例え『職務質問』であっても、無事には済まなさそう。
「じゃぁ、次は『ナイフ』を配る。集まれっ!」
右手を大きく振りながら歩き始めた。既に『自前のナイフ』を手にしていた者は合図を見て躊躇する。どうせ碌なモンじゃない。
命が掛かっているのに、変な道具はサングラスだけで十分だ。
「早くしろっ!」「!」「ハイッ!」「ハイッ!」『ダダダッ』
今度は両手で合図されてしまい、新人達は駆け足で集まって来る。
サングラスとは別の場所をキックしていたのだろう。同じく床がせり上がって来てテーブルと相成った。洋子が蓋を開ける。
「これは訓練用だ。加えてどれも一緒。好きなのを選べっ」
一応は箱に入っていて、説明書きもある。微妙な色合いの違いを見つけると差異を探す。すると確かに差異はあった。しかしだからと言って、『性能に差がある』とは判らない。
手にしたナイフを隣同士で見比べてみるが、違いが『年月日の違い』だけに思える。その日付も、何を表しているのかすら不明。
「どれでも一緒っ!」「ハイッ」「体で試して欲しい奴!」「……」
パッケージに記載されている言語。実は『スワヒリ語』なのだが、誰も何語か判らない。それでも読めちゃうのが不思議な位で、理由はスペルが『ローマ字似』だから。当然、読めたとて意味は解らん。
誰だぁ? 説明書きにスワヒリ語をチョイスしたのは。読めるのは写真の横に添えられた『訓練用ナイフ』の日本語だけ。
いやいや、それは書いてなくても見りゃ判るって。ふざけ過ぎ。
「うへっぇ。これも『NJS製』かよぉ」「マジィ?」「うわっ!」
開封したナイフに『刻印』を見つけた新人が、思わず吐露。
するとサングラスで懲りたのだろう。思わず手を離したり、ハンカチに包んで手に持ったりと、腫れ物に触るようだ。
「その通り。訓練に必要な『仕掛け』があるのでぇ、体で覚えろぉ」
ニッコリ笑って言い放つ。ホント洋子は『意地悪な奴』である。
説明は望めないようだ。それよりも、洋子自身が『早く使いたい』と思っているきらいも。仕方ない。ここは翻訳ソフトの出番だろう。
が、残念なことに、マグロ漁船に乗船したときから『スマホォ? あぁ昔はそんな物もあったなぁ』と、想い出に浸るのみ。無理だ。
『シュシュッ』「教官! これ、どの辺が訓練用なんですかぁ?」
ナイフを逆手に持ち、左右に振り回しながら聞いて来た。
左右のステップも軽やかで、実に良い動き。随分と手慣れた感じがするではないか。と、突然キック。からの横一文字にカット。
今の勢いなら、きっと『一刀両断』だろう。今まで散々振り回して来たに違いない。そこで『ベロリ』と刃を舐めれば、洋子並みに『危ない奴』の仲間入りだ。一応は遠慮してやらないみたいだが。
感化されたのか『腕に覚えのある奴ら』が振り回し始める。すると一様に思ったようだ。『確かに奴の言う通りだ』と。
何処が『訓練用』なのか判らない。極々普通のナイフではないか。
「あぁ、使い方が全然なってなぁい。次は全員相手してやるからぁ」




