海底パイプライン(二百六十三)
イラついている。しかし、言葉通り殺すつもりはないらしい。
新人達は怯えるばかりで、まだ気が付いていないかもしれないが、洋子を始めとした五十嵐家の面々は、標的に対し『殺すぞ』といちいち声掛けなどしないのが通例。だから今の『殺すぞ』だって、言葉通り連用形に終助詞を付けたものに過ぎない。
残念ながら『殺す』に已然形が無いので、仕方なく連用形の文末に終助詞を付けることで文を完結させている。これにより、感情の高まりをより一層印象付けているだけ。
決して今直ぐお命頂戴仕る訳に非ずだ。ご理解頂けただろうか。
因みにだが、これは中学一年の一学期で習う内容であり、ほぼ小学生とも言えるレベル。きっと全員が理解しているに違いない。
「良いかっ! お前らに教えておいてやるっ!」「!」「!」「!」
洋子の口調が、突然『教官風』に変わった。今までの、ややおっとりした感じで『にゃぁにゃぁ』言っていた面影は皆無。
十分な間を取り、ピリッとした新人達をぐるり見渡す。全員が注目していることを確認して、喋り出すのはそれからだ。
「敵を見つけたら、先ずは殺せっ!」「!」「見敵必殺!」「!」
響く四字熟語に戸惑う。果たして何人が正しく書けるだろうか。
「生きて帰すなっ! 必ず殺せっ!」「!」「!」「!」「!」
しかし、考えている暇は無かった。洋子からは矢継ぎ早に教訓が。
「どんな手を使ってもだっ! 後ろからでも良い! 罠でも良い!」
『えぇえぇ』『カッコ悪い……』『俺、結構強いんですけど……』
さっき通って来た通路に誘い込むのも『有り』らしい。不満点はあるが、一応は納得。しかしそれでも、頭の片隅にへばりついている恐怖がどうしても拭えない。任務に失敗した暁には『死が待っている』という懸念が。洋子のボルテージから、確率はかなり高そう。
「プライドォ? 正々堂々ぉ? そんなものは糞の役にも立たん。どうしても欲しかったら、敵から奪って来いっ! 命と一緒になぁ」
洋子は顔を顰めていた何人かと目を合わせ、真顔で叫んでいた。
きっと『大会』とか『抗争』で、奴らなりに『実績を積んだ』と思っているのであろう。無駄とは言わない。しかし、その程度のことは『プライド』の『への字』にもならぬことを理解すべき。
いずれにしろ、早々にへし折られることは確実で、だったら『生きている内』に失う方が、寧ろ『親切』とも言える。
「しかーしっ。初撃に失敗したら逃げろっ!」「?」「!」「?」
今度は『逃げろ』と聞いて戸惑う。意外な教訓だ。
てっきり相手を殺すか、自分が殺されるかの、どちらかだと思っていたのに。『必ず殺す』のでは無かったのか? 意味判らん。
「疑問に思うのも当然だ。しかし、貴様らはまだひよっこである。敵に『経験値』を与えるだけの雑魚だっ!」『ギリリ』『グヌヌ』
理由は直ぐに説明されたが、今は歯ぎしりすることしか出来ぬ。
「そんな貴様らがだ。不意打ちでも殺せなかった相手を、正面切って『殺せる』だなんて思うなっ! サッサと逃げて来いっ!」
硫黄島に潜入して来るような奴らは『洋子と同レベル』なのか?
もしかしたら『それ以上』なのかもしれない。
「強ぇ奴が来たら、場所やら特徴を上官に報告するんだ。直ぐにっ」
一同『成程』と思い頷く。一応『助けてくれるのだ』と。
気に掛かるのは、洋子が笑いながら忠告していることだけ。
「そしたら『狩り』が始まるからよぉ。貴様らは見学でもしてろ」




