海底パイプライン(二百六十二)
横になっている奴らは放置して、洋子の説明は続く。
責任を感じてか、チラチラ見ていたのも束の間。その視線はやがて『次のペア探し』へと遷移していた。多分だが、ここで『洋子と目が合ったら終わり』と第六感が告げている。だから目を逸らすのだって必死。当然『最初からこのペアでしたけど何か?』を醸し出しているが、それを咎める奴も無し。すると何だ? 倒れている奴らは『相撃ち』にでもなったと? まぁ、そう言うことにしておこう。どうせ誰も見ていないし、見ていないなら許されるかもねぎ。
「因みにだけどぉ、電気ショックで救われるのはぁ、三回までねぇ」
洋子の宣言に驚いたのは山根だ。洋子が『次のナイフ』を手にしていたから。もしかしてだが、『まだ投げる気』なのか?
他の者は必死にマニュアルを見直している。しかし『小さい字』なのか、それとも同封された『紙ペラ』にか。何処に書かれし『注意事項』を求め、サングラスを外して目を凝らす。
これから殺し合う相手に『お前コッチ探せ』と紙ペラを渡し、自分は箱の裏を。暫しの休戦であろうか。若しくは若いのに老眼か。
そんな呑気が許されるのは新人が故。この瞬間までと心得よ。
正式配属後にそんなんだったら、今度は『教官』ではなく『上官』から叱責されることは間違いない。厳し過ぎるって? いやいや。もしそれで『仲間を危険に晒す』ようなことになれば、大問題だ。
あっその前に、洋子から新人一人一人について『報告書』が上がるのは勿論だし、内容によっては上官から『拒否』もあり得る。
「あのぉ」「何ぃ?」「ココに『満充電で三回』ってありますけど」
紙ペラを指さして洋子に質問した奴がいる。洋子の顔を見た瞬間、慌ててサングラスを掛けた。洋子がナイフを上段に構えたからだ。
「あらそう。じゃぁそうなんじゃない?」「えっ? 頂いたときって、満充電だったんですか?」「そんなの知る訳ナイじゃなぁい」
そこっ! 今のは『冷たく笑う所』じゃ無いでしょうに。
いやいや『バレたか』でもない! ペロッと舌を出し、質問者の反対側に『ねぇ?』と同意を求めたって得られる訳もなく。
寧ろ『コイツマジかよ』と、お褒めの視線を頂くばかりだ。
しかし洋子が言ったことを確認しようにも、残容量を示す表示が無い。これは多分だが『残容量なんて気にするようじゃ負け』という、設計者の配慮であろう。断じて『設計ミス』ではなくて。
「バレちゃったみたいだけどぉ、三回目で頭、こうなっちゃうのぉ」
「えぇえぇ」「ナニソレ」「ざけんな」「意味ねぇジャン」
洋子のハンドサインを見ても、今度は誰もマニュアルを見返したりはしなかった。冗談じゃない。命が助かったとて、楽しい硫黄島ライフが送れなければ意味がないじゃないか。そう思ってのこと。
「誰かで実験したんですか?」「うん。開発元の品質保証部からの報告でねぇ? 一回目で耳の火傷、二回目で蝸牛損傷、三回目でぇ」
ペラペラ喋り始めたのは『マニュアルには書けない内容』ではないか。誰もがサングラスを外し始め、投げ捨てはしないものの『怪しい一物』と化したブツを眺めている。一人が説明に割り込む。
「ちょっちょっ」「何?」「メーカー保証無いんですかぁ?」「うん」「だったら何でそんなの支給したんすかぁ」「そっすよおぉ」
言われた洋子は、鳩が豆鉄砲を避けたような顔をしている。
「何言ってんのっ、あんた達新人の生きる可能性を、ちょおっとでも上げてやろうって言う親心が、あぁもぉ! こぉろぉすぅよぉ?」




