海底パイプライン(二百六十一)
何だって? このサングラスを作ったの、誰だって?
「危険物が飛んで来るのを感知すると、左右のココから電気ショックが来るのぉ。すると御覧の通り。良く出来ているでしょう?」
新人達の疑問に答えるつもりはないらしい。洋子にしてみれば『NJS・日本情報処理株式会社』は吉野財閥の系列企業であり常識。特段説明する必要すら感じられない。NHKやNPBを説明するのに、いちいち正式名称から説明する輩が居ないのと一緒だ。
「初期値だと、電気ショックの威力は『MAX』だからぁ注意ねぇ」
山根を二度指さしての注意喚起。笑いながらなのでイマイチ信用できないが、山根を見れば相当痛かったであろうことは判る。
殆どの者が設定を変更しようとサングラスを外す。その上、勝手に捨ててしまったであろう『空き箱』を求めて歩き始めた。
されど拾った空き箱が、果たして『自分のか』は判らない。
『パンッ』「ハイじゃぁ、お互いに動作確認! 電圧確認してぇ!」
え、このタイミングで殺り合うの? 洋子は至って本気だ。
「おい中野ぉ、じゃぁナイフ投げるぞぉ?」「お前そんなモン持ってんのかよ!」「あぁ購買で買ったぁ」「マジかっ」「ホレホレ」
いつものことなのかもしれないが、あちらこちらで『試し合い』が始まる。何とも危険な行為だ。思わず身構える。
当然だ。幾ら『動作確認』とは言っても、もし『確認出来なかった』らどうしてくれるのか。人として反応出来る速度であれば、こんな『電気ショックに頼らずとも避けたい』と思うのが人情である。無論頭を左右に振って、狙いを付けさせないのも当然のこと。
『シュッ!』「イテェッ! 刺さったじゃねぇかよっ!」
富田が投げた『購買で買ったナイフ』は、見事中野の足に突き刺さった。インチキでも何でもなく『実戦用』だったらしい。
「いやぁ、ごめんごめん」「ふざけんなっ! 足を狙うなんて卑怯じゃねぇかっ! ここは頭を狙う所だろうがっ!」「だってぇ」
気持ちは判る。誰だって『初手』でみすみす外したくはない。
それに、教官が『殺してみろ』と言っているのだ。であれば、部下として躊躇なく殺すのが『基本動作』とも言えるだろう。
「ダメだよ足を狙っちゃぁ」「ほら見ろっ!」「あぁあ。痛そう」
洋子が呆れつつ近付いて来る。中野はナイフを押さえていた腕で投げた富田を指さした。富田の主張は正しかったのだ。
このとき、殆どのペアが絶叫しながら避けている中、富田・中野ペアだけが『血を見ている』ようであった。いや、正確には『声を上げていないだけ』で、血を見ているのは何人かは居る。
焼肉を食べて来た後なので、細々とした描写は避けておこう。
「でも教官」「何?」「コイツ、頭を振って当てさせないんです」
富田も富田だ。『責任は中野に有る』とばかりに指さした。
さっきまで和気あいあいと『殺し合い』をしていたペアに、亀裂が生じた形だ。二人は洋子の表情を伺う。どちらが正しいのかと。
「じゃぁしょうがないねぇ。中野が悪い」「よっしゃぁ!」「嘘!」
勝利を確信してからの『逆転負け』は、精神的にもキツイ。中野は痛さも忘れて立ち上がった。これは洋子に抗議のつもりか。
「ほらぁ、さっさと『次の対応』をしないと、怪我しちゃうぞぉ?」
言うが早いか中野の足を蹴り飛ばす。当然『怪我した方』である。
何処を蹴ったのかは『のた打ち回る中野の姿』で予想頂きたい。が、あれは多分『中野の演技』だと思う。洋子は鼻で笑っているし。




