海底パイプライン(二百六十)
突然目の前にナイフが飛んで来れば、そりゃぁ驚きもする。
しかし投げられた方だけでなく、投げた方も驚いていた。まさか本当に貫けない程の硬さを実現しているとは。
勢いのまま倒れ込んだ新人だが、無事なことに驚いていた。
下に落ちたナイフが横目に見えたし、『じゃないかなぁ』と、思ったのもある。それに、確かにナイフは刺さらなかったが、鼻あて越しに受けた衝撃は相当なものだった。いや投げるなら、もうちょっと痛くない物にして欲しい。例えば野球の硬式ボールとか。
「良いか良く見ろっ! これが『鋼鉄製サングラス』だっ!」
ナイフを回収しに歩きながらの説明。誰もが洋子を疑う。一体『誰が』そんな物を用意したのかと。お笑いグッズにもなりゃしない。
最初に手にした奴、それに、既に自分のサングラスを使いこなしている奴にすれば、『あれじゃなくて良かった』と思う場面。
「交換したい奴は手を上げろ。一度だけ許してやるっ!」
洋子が率先して手を上げているが、それは人数には入らないのか。
そもそも笑っている洋子は、化粧の度合いは別として『素顔』を晒しており、サングラスは掛けていない。洋子に言わせれば、サングラスはとっくの昔に『卒業』と言った所。こんな暗所では不要だ。
因みにだが、一人だけ挙手している奴が居たのだが、それを洋子は無視していた。明後日の方角を見ているし、奴も『鋼鉄製サングラス』の持ち主なのだろう。交換してどうなる訳でもあるまい。
「良し山根」「はいっ!」「今度はお前の番だ。そこに立て」
回収したナイフ振り回しながら、合間に位置を指定する。
「もう勃ってm」「あぁあぁ?」「いえっ」「小さいっ!」
山根はもう少し『生きたい』と思っていた。『逝く』でも『イク』でもなく『生きたい』と。切実に。例え洋子の目がギラギラして来たとしてもだ。そしてナイフを持つ手を振り上げても。
「数字は見えてるなっ!」「ハイッ!」「じゃぁ大丈夫だっ!」
何が大丈夫なのかは、先程と同様『主語』が無かった。
主語が無くても意味が通じるなんて、日本語の文法は終わっている。山根がそう考えていたかは知らぬ。少なくとも『自分に向かって来るナイフ』だけは見えている。切先がこちらを向いて一直線に。
良く『ボールが見えない位速い』と言われるが、それは『バッターの立場』としてであろう。実際洋子の投げたナイフは、少なくともリトルリーグのピッチャーが投げたのよりは速い。
しかしそれが真正面から来ていれば『見える』のは間違いない。
だからと言って『反応出来るか』は、また別問題だ。山根慄く。
『バチッ!』「イッテェェェッ!」「うわっ!」『カラーン』
所が、意外にも山根はナイフを避けていた。何やら破裂音が響いたのは一旦置いといて、痛そうに転がっているのも別にして。
驚いたのは後ろに居た新人も全く同じ。若しくはそれ以上だ。
てっきり『山根で止まる』と思っていたのが丸判り。慌ててナイフを避けたのが見て取れる。間一髪で避けたナイフが、何処までも滑って行くのを見送った。今のは本気だ。何も叫ばなかったけど。
必ず殺すと書いて『必殺』と読むアレ。必殺、ナイフ投げ。
「どうだぁ? 新人には持って来いの機能だろう?」「……?」
ポカンとしている一同を見て、洋子は山根に近付く。すると山根は『殺される』と思ったのか頭を抱える。無駄な抵抗だ。洋子はその腕を軽々と退け、サングラスを奪い取って高く掲げる。嬉しそう。
「これは『NJSが開発した新製品』だ。説明書、読んだかぁ?」




