海底パイプライン(二百五十六)
紛らわしいことをするんじゃない。それが率直な感想だ。
生き延びる知恵なのかもしれないが、だとしても『味方を騙す』ようなことをしやがって。そう思ってハッとする。
誰だ? 同期や上官を『味方』と考えている奴は。考えが甘い。
「信じられるのは自分で得た経験だけ。ココじゃぁ『誰かが助けてくれる』なんて思ってたら、あっという間に死んじゃうからネッ」
事実だったとして、楽しそうに言うようなことか? 狂人の領域。
しかし洋子の笑顔は、あっという間に壁の向こうへと消えた。その後を我先に追い掛ける新人達。あぁあ。大丈夫かしら。
今言われたばっかりなのに。『自分の経験が大事だ』と。
『ククッ。馬鹿な奴ら。もう一度ココに送り込んだら全員死ぬナァ』
ほらね。洋子が顎を上げ舌舐めずり。『馬鹿な奴ら』とは、横目に見た新人達に決まっている。ヒヨコのように付いて来やがって。
「因みにココも『安全』じゃないからねぇ」「……」「……」
だと思った。ニッコリ笑った洋子に、異議を唱える奴はいない。最早『顔で笑って心で泣いて』の逆。『てい泣で心てっ笑で顔』の心境だ。若しくは『エチ姉泥小ケツたらゑド垢』か。知らんけど。
「どの辺が危険かはぁ、通り抜けたら教えるネッ!」「!」「!」
意味判らん。確かに通路は複数個所で枝分かれしていた。
熟知しているであろう洋子は、そこを迷わずに突き進む。後ろを追う新人も当然後に続くが、それだけに非ずだ。
流石に学習していた。洋子が踏みしめた箇所を正確にトレースしながら走ることを。歩幅が定まらずにチマチマ走る箇所も、急にピョンと飛んだ箇所も。もしハイヒールで『グギッ』ってやったら、絶対それも真似ることだろう。
しかし洋子の姿を捉え、正確にトレース出来る者は良いとして、誰かが間違えた瞬間、それ以降の者には『死』が訪れる恐怖。
何せ後ろの方から『キャーッ』とか『うわーッ』とか聞こえているのだが、誰も『木の精』『山の精』『谷の精』だと思って振り返らない。洋子の一挙手一投足をジッと眺め必死に追うのみ。
壁に手を付いた所だって、真似して通過する念の入れようだ。
「ハイ。ゴール! お疲れさまぁ!」「おぉ着いたぁ!」「ふぅぅ」
暗い通路を走り抜けて辿り着いたのは、地下の広場だった。
確か『コントロールセンター見学』の予定だったと思うが、どう見てもココは違う。そもそも洋子と新人以外、誰も居ないのだ。
見ても判らないかもしれないが、有るであろう『何かをコントロールする類の機械』が見当たらない。まるで『体育館』のような。
「教官」「なぁに?」「ここがコントロールセンターでしょうか?」
改めて確認すると、洋子は『ハッ』となって辺りを見渡した。
まるで『私も初めて来た』な様子に、新人達は今更驚かない。
「そう見える?」「いえ」「じゃぁ、違うんじゃない?」「はい?」
今のは何なの? 寧ろ『やっぱり』と思う? さっきまで言うことは酷くても、顔だけは素敵な笑顔だったのに。
遂に素が出たのか、鼻で笑ったではないか。人を小馬鹿にして。
「えーっと、道、間違えちゃったのでぇ、予定を変更しまぁすっ」
「おいおいおいぃ……」「マジかよぉ」「いきなり戦闘訓練かぁ?」
「なぁにぃ? 何か文句あるぅ?」「ありませんっ!」「いいえ!」
全ての出入口が塞がれし広場に新人十五名。あれ、五人減ってる。




