海底パイプライン(二百五十一)
命が掛かっている場面で『よそ見』とは如何なものか。白に黒。
新人もだが、洋子の方が酷いと言えば酷い。新人がどうなろうと、気にも留めていない様子が見て取れる。顔に似合わず、ホント酷い。
「因みにだけど『時間制限』があるからねぇ」「えっ、マジすかっ」
ほら。また『後出しの条件』が加わった。身内なのだからちゃんと『危険箇所』を説明し、トラップでは『何』が出て来て、憂慮すべき『条件』についても解説すべき。それが『新人教育』なのでは?
「そこで嘘ついてどうするぅ」「あと何秒ですかっ!」
新人を指さして笑う。差された方にしたって、どうしても『五歩目』が判らずに戸惑うばかりだ。ヒントとか助け舟は無いのか。
「さぁってぇ。そろそろかなぁ? よいしょッとぉっ!」
何も無いらしい。洋子は組んでいた足を大きく上げてから振り下ろし、ヒラリと立ち上がった。良いトコのお嬢さんらしく、明るい笑顔で手を振る。『バイバイ』とは聞こえないが、あの唇はそう。
「待って下さいよっ!」「待たなぁい。バイバーイ」
しっかり言ってた。多分『巻き添え』を食らうのが嫌なのだろう。新人達に背中を見せて歩き始める。となると、五歩目が踏み出せない新人は、そのままお陀仏なのか。酷い酷過ぎる。何て残酷な会社。
とまぁ『普通の感覚』で言えばそうなのだろう。否定はしない。
しかし文章を読み解き、情景を思い浮かべ、相手の気持ちを想像し、ときに笑い、ときに泣く。そして、前の頁を捲り返しては再び思いを馳せる。少なくとも新人達は『そんな奴ら』ではない。
「待って教官っ! ちょっと、何とかして下さいよっ!」
先ず短絡的。説明は聞かないし、事前に渡した資料も読まない。
そして、自分の理解の範疇を超えた事象は、都合が良いように解釈したものを正解として譲らず。少しでも外れれば、当然人のせい。
そんなんだから、言葉による解決とは『声の大きい方が勝ち』だと確信しているし、相手が自分より大きな声を出した瞬間から『力による解決』に切り替えて一旦殴る。人生そうやって過ごして来た。
「何ともなりませーん。さてさて。どっちから来るかなぁ?」
十分な距離を取った洋子が振り返った。左手を顎に添え、右手で左右を指さす。どうやら『竹槍』は左右のどちらかから来るらしい。
「どっちなんですかっ! ヒントッ! ヒントォォッ!」
洋子もその辺の所を十分理解して『新人研修』に臨んでいる。
大体世の中舐め切って過ごして来た『屑な奴ら』がだ、いざ就職という段になって、急に『良い子』に変われる訳がない。それで財閥系企業に就職出来たことを、寧ろ『怪しい』と思わなければいけなかったのだ。どの道『使い捨ての駒』が出世の最高位である。
「ヒントなんて無ぁい。体で体験したことが、一番なんでしょぉ?」
明るく笑う洋子だが、子供の頃から厳しく躾けられている。
暗殺術についても然り。物心付いた頃から『警備に特化した人生』を歩んで来たのは伊達じゃない。そう。五十嵐だ。
新人は硫黄島での研修が終わったら『黒服一式』を買わされて警備の仕事につく。そんな奴『いざ戦闘』になったら、『あぁ』とか『うぅ』とか言って、次々と死んでしまうに決まっている。
だから、今死んだ所で全く問題ない。補充は幾らでも利く。
「ゴォ・ヨン・サン」「死にたくない死にたくないっ!」「ニィ!」




