海底パイプライン(二百四十九)
「あっ、そこのピースサインしてる奴ぅ、マークされたからねぇ?」
にこやかに洋子が指さした。急いで右手を隠しても既に遅い。
軽い気持ちで指を突き出したのだろうが、それをAIが読み込んで人物特定から評価まで、持って行っているのを知らないのだろう。
「味方もちゃんと監視されているから、皆も気を付けよう!」
遠足の注意喚起か。勿論、中指なんかを突き立てた日にゃぁ、後で呼び出しを食らうのは確実。過去二週間の映像記録からAIが『多分コレ』と思われる映像を摘出し『不満はコレかっ!』と攻め立てられるのだ。猫じゃらしで脇の下を擽られながら。これはキツイ。
それでも、角を曲がるときは、流石の洋子も前を向くらしい。
「はぁい。あそこに見えるのが『狙撃塔』だからねぇ」
注意事項は『外』にもあるらしい。しかし、曲がって直ぐの場所だったので、指さした洋子の姿を見た者は二人だけ。洋子も入れて。
直ぐに前を向いて走り出した洋子が、もし火災報知器の『強く押す』を押した瞬間、AIが『動くもの全て』に鉛玉を飛ばして来る、非常に優秀な仕掛けだ。当然、付近のカメラとも連動している。
だったら敵と味方の識別位、と思うのは『一般人の考え』で硫黄島では『温い』の一言で却下されてしまう。
常に『裏切り』まで考慮したり、敵にAIを弄られて『標的を変更される恐れ』があると考えるのがここ硫黄島での『常識』である。
故に常駐する隊員であっても、極度の緊張により『蚊の鳴く音でも目が覚める』と言うとか、言わないとか。
「頭下げてねぇ。ハイッ死んだぁ! また死んだぁ! ハイ死亡ォ」
振り返りながら、楽しそうに『死んだコール』を飛ばしている。
多分、先頭から四人目辺りまでは『洋子の説明』が聞こえていたであろう。だから五人目以降は続々死んでいる訳だ。可哀そうに。
いや、流石に初日から『スイッチオン』とはなっていないので、『死んだ』の意味が判っているのは、窓の外を見て『狙撃銃』が見えた者だけである。因みにだが、身長百六十センチ以上の者は、大分屈まないと見えないであろうが。洋子からそこまでの説明は無い。
まぁ、撃たれたくなければ帰りは壁際を走り、窓枠の下を潜り抜けるように行けば良いだけだ。ほら、簡単だろう?
「ハイ止まってぇ」『ドスドス』「止まれったら止まるっ!」
洋子の荒々しい声に、隊列全体が突然凍り付く。
しかし、先頭の新人が止まったのに、洋子の『最初の指示』が聞こえなかったのだろう。二番目、三番目は減速して止まろうとしたか。実際には、先頭の新人を押した状態でやっと止まった。
いやいや。高速道路じゃあるまいし、ピッタリ前にくっ付いていれば、『止まれ』と言われても直ぐに止まれるものじゃない。ここでも者間距離は重要である。
「私のステップ、見てたかしらぁ? 見てたわよね? 大丈夫ね?」
新人の先頭は二度頷く。確かに『嫌な予感』がしたので、加速して行く『洋子の足元』を見ては居た。跳ね上がるふくらはぎを。
しかしどちらかと言えば『足首』に注視していたので、次に言われることを思うと残念でならない。これが正に『後悔先に立たず』か。彼の運命は、この瞬間に『決まっていた』と言える。
「今度は『床』がトラップだから。私が通って来た通りにねっ!」
確かに良く見ると廊下の市松模様が、さっきまでとは微妙に違う。
道理で採用試験に『色覚正常』の項目が有った訳だ。いや『気が付くかどうか』のレベルなので、それは無意味かもしれないが。
「因みにだけどぉ、一歩目のソコ、せいかーい。ハイ。二歩目ぇ!」




