海底パイプライン(二百四十八)
「じゃぁ、説明しながら行きましょうか。こちらの廊下ですけどぉ」
歩き始めるのと同時に『廊下の説明』が始まった。
それにしても、また『早歩き』かと思える初速からの、『完全に小走りですけど』な速さへ。しかし洋子の表情は相変わらず穏やかで、説明の口調は逆に『ゆっくり』で聞き取り易い。
「一定間隔で『コンセント』がありますよねぇ。ほらまた有った」
廊下は正方形の『Pタイル』が敷き詰められていて、目立たない程度の市松模様となっている。そこに一定間隔で柱があって、廊下の方に三十センチ程はみ出していた。痩せている人であれば、丁度隠れることが出来るだろうか。コンセントはその足元に。
新人達は洋子が指さした柱の根元を、通り過ぎる度に振り返る。別に何てことはない。極々普通のコンセントだ。きっと『廊下の掃除』をするときにでも使うのだろう。因みにだが、廊下は『血が滲み込まないように』か、非常に掃除がし易そうである。良かったね。
いや、そうじゃなくて。相変わらずだが、洋子の足元から聞こえてもおかしくはない『コツコツ』が聞こえない。聞こえるのは新人達の『ドタドタ』という足音ばかりだ。
きっと洋子にしてみればそれも『情報』で、どんな体格の者が何人、どれくらいの速さで接近して来ているのかが、判るに違いない。
しかし、そう思ったのも先頭を走る奴だけで、洋子がまさか『静かに走れやボケェ』と思っていることにまでは至らず仕舞いだ。
「このコンセントを使ったら、命は有りませんからねぇ」
にこやかに説明しながら、早くも次のコンセントを通り過ぎた。
慌てたのは新人だ。『何だ。今度使わせて貰おう』と思っていたのも束の間。使ったら突然『人生終了』になってしまうと来たもんだ。それって、一体どういう仕掛けなのかと。
感電でもしてしまうのだろうか。それとも本土と違って、電圧が妙に高くなっている? 例えば百万ボルトとか。
「教官、質問よろしいでしょうか?」「はい。何でしょう?」
歩きながら、いや、走りながらの問いに洋子は笑顔で許可を出す。
「このコンセントは『電圧が高い』とかですか?」「えぇえぇっ?」
洋子の驚きよう。目を一瞬丸くして、首を傾げるとか。
新人もまだ『短い付き合い』だが、そんな『戸惑う洋子』なんて、見た覚えがない。別に『直流ですか』とか、苦手そうなことを聞いた訳でも無いのに。
「高い電圧ぅ? コンセントを見ただけで『危険』って判るのぉ?」
しかしそれも『失礼な意見』で、こう見えて洋子だって戸惑うこともあるし、乙女の恥じらいだって、ちゃんと保有している。
勿論『何か』とセットだったりするので、残念ながら『証人』を用意することが出来ない。質問者がこの先生きのこっていれば、『初めての経験』が約束されるかもしれない。
「いえあのぉ、使ったら『ビリビリッ』って来るとか、かなぁと」
フレンドリーに話したつもりだが、洋子の表情が笑顔に変わった。
どうやらコンセントは特別製ではなく、ちゃんと『JIS規格』の物だったらしい。当然だ。コンセントに特別な仕掛けは何も無い。
「いいえ。『そういう規則』になっているだけです」「規則……」
「言わば『馬鹿発見機』の役割を果たしているぅ?」「うおっ……」
洋子が指さしたのは、コンセントとは正反対の天井側である。
今度は新人が一斉に上を見る。すると八割方の新人が、一瞬光ったセンサーに気が付いただろう。監視カメラだ。一人ピースサイン。




