海底パイプライン(二百四十七)
「えぇえぇ? そ、そんなこと、思ってもいませんよぉ」
図星だ。お頭が隊列に腕を差し入れた場所より後ろは、コントロールセンター手前のトラップに、全員ぶち込むつもりでいた。
誰が作ったのかを、何故か誰も教えてはくれない。しかし洋子が生まれる前からあることは確か。これまでも敵はおろか、使えない味方まで始末してくれる、『優秀なトラップ』として絶賛稼働中。
因みにトラップには、わざわざ『名前』が付けられていて、それは『イーグル三四号』と言うらしい。変な名前だ。
お頭曰く、『三十四号じゃない』のがミソなんだとか。赤味噌? 八丁味噌? どんな味噌? 知らんけど。
「道夫から『酷い有様だ』って、連絡があったんだからなぁ? 勘弁してくれよ?」「えっ? ちょっとバレるの早くないですかぁ?」
どうやら一人での『お片付け』が無理と悟った道夫が、直ぐにお頭へ助けを乞うたようだ。これには幾ら温厚な洋子でも、流石にお冠と成らざるを得ない。しかしお頭の手前、表情は笑顔のままだ。
「いやいやぁ。昨日あんだけ『グチャグチャにしていた奴』がさぁ、今更『何言ってんの』って、感じなんだけどぉ?」
お頭は『誰』とは言ってないが、明らかに『洋子のこと』である。判り易く洋子を指さしているし。新人達は敬礼したまま横目だ。
「えぇえぇ、でもそれは『侵入者』ですからぁ、遠慮なくですねぇ」
「判る。三対一で良く頑張った。洋子が無事で、本当に良かったよ」
どうやら昨日『招かざる三人の客』が硫黄島に上陸し、洋子が薙ぎ払ったらしい。もしかして『そっちの処理も道夫に任せた』とでも言うのだろうか。お頭の口振りからそうなんだろうけど。
しかし何だろう。洋子は別に、体の何処にも『傷跡』なんて見当たらないのだが。侵入者って、もしかして凄く弱かったとか?
「有難うございます。エヘッ。お頭に褒められちゃったっ!」
「だからよぉ」「えっ? 何がですか?」「いや自覚無いのこわっ」
新人と違い、とっくに敬礼を解いていた洋子は嬉しそうにしていたが、お頭の困ったような言い回しに笑顔が消える。
口を尖がらせて小首を傾げる仕草なんか見ていると、判っているだけで『二日で八人も殺したような娘』には、見えないのだが。
「そりゃぁ昨日の今日だからさぁ、『まだ興奮してるんじゃないか』て、道夫が言っててね。だったら警戒だってするってモンでしょう」
しかしお頭はそんな洋子を、ちゃんと『殺人鬼』と認めているらしい。一体どんな訓練を積んだら、お頭が警戒するような立派な殺人鬼になれるのだろう。新人達は鼻をヒクつかせていた。
「お頭ぁ、今度道夫さんのこと、後ろから刺しても良いですかぁ?」
確か『オン・ザ・ジョブ・トレーニング』の担当は、『迎えに来た先輩』が担当すると聞いている。初日は『コントロールセンター見学』の後、『地下道場で実戦訓練』がいつもの予定なんだとか。
ふと、新人達は思い出す。さっき荷物を置くのに『何か豪勢な二人部屋が割り当てられたなぁ』と、思ったことを。しかしその部屋には『シングルベッドが一つしか無かった』ので、笑っていたのだ。
あれあれ? これはもしかしてもしかすると、アレアレですか?
「ダメだよぉ。試合でなら良いけどぉ、それ以外では勘弁してぇ!」
特に詳しい説明をするでもなく、お頭は笑顔で手を振りながら行ってしまった。洋子の顔を見れば実に嬉しそうで『良しっ、じゃぁ試合すっか』とでも思ってそうで怖い。新人達を見てニッと笑った。




