海底パイプライン(二百四十六)
「あれ、皆何してんの? 早く行きましょう」『ガラガラピシャッ』
扉が閉まる音がしてから、おもむろに全員が振り返る。
洋子の表情は変わらない。気を付けて見ていれば、少しだけ肩を竦めたのが判ったかもしれないが、新人にそれは無理ってものか。
禁止されているのは『立入』だけだったはずなのに、不思議なことに『扉が開いた瞬間』誰も覗き込もうとしなかった。判っている。覗き込んだら『話し合い』になってしまうであろうことが。
「一列縦隊で、廊下の右側を進みましょう。では、付いて来てぇ」
洋子が胸の前で手を合わせ、にこやかに説明している。
『あー、チキショォッ。ぐっちょぐちょじゃねぇかよぉ~』
何か壁の向こうから『ノイズ』が入ったが、新人は洋子の『一言一句』の方に注視していて、気にならない。
それもそのはず。殺った本人が『知らなーい』とばかりに『ペロッ』と舌を出し、クルリと振り返って歩き出したから。
「はぁい。何かぁ、ちょっと定刻より遅れたので、急ぎますねぇ」
いや違う。いや合っているか? 歩き出したかと思ったら、異様に速い。走っているのではないかと思う位。だけども足音がしない。
さっきはハイヒールの踵を『コツコツ』と鳴らしていたと思うのだが、もしかして今度は『つま先だけ』を使っているのだろうか。
「廊下は静かに歩きましょうねぇ。歩きながら説明しますのでぇ」
何か上半身と下半身が『別の生き物』のような気がする。
先頭で小走りに追う如月には、そうとしか思えない。腰から上をグイッと曲げて、にこやかに話す洋子の上半身は、何故か一ミリも上下せず、滑らかに移動している。揺れるは髪のみか。それでいて足は、今だ高速で動き続けているからだ。
あっ、振り返りながら歩いていて『髪が顔に掛かる』のは、洋子も鬱陶しいらしい。にこやかな表情はそのままに、右手で顔に掛かった髪を後ろに回している。
その瞬間、チラっと列の後方を気にして覗き込む。
『あそこから後ろは始末して良いかも? いや、始末しましょう』
気にしているように見えて、絶対そう思っているに違いない。
髪を後ろにやった右手が首の辺りで止まっていた。良く見れば、人差し指の先が服の下に隠れている。そのまま『シュッ』と引き抜けば、ナイフだか手裏剣だか知らないが何かしら飛んで行く。
そして『サクッ』と小気味よい音がして、眉間に突き刺さるのが目に見えるようだ。洋子の目が光った。その瞬間だ。
『ダンッ』「ご苦労さまです!」「おう洋子か。ご苦労様ぁ」
角の手前だった。反対側から『お頭の気配』を感じ取った洋子が立ち止まり、瞬時に敬礼をしていた。そこへお頭が現れる。
洋子教官が急に立ち止まったのを見て、新人達も一斉に立ち止まる。体のバランスを崩している暇もなく、敬礼をするしかない。
「何だぁ? 『ヒヨコの面倒』かぁ?」「はい!」
お頭は至って普通に歩いているだけで、とても気さくな感じがするのに、やや上に焦点を合わせ、誰も目を合わせようとはしない。
「そうかぁ。今年は何人残りそう?」「始まったばかりですから!」
敬礼をしている新人に対し『品定め』をしているかのよう。
お頭は新人の顔に自分の顔を近付けたり、服装や手持ちの荷物をチェックでもしているだろうか。すると、一歩下がって笑う。
「洋子お前ぇ。こっから先ぃ『始末しよう』と思ってただろう?」




