海底パイプライン(二百四十一)
「あらあら今年の新人さんはお行儀が良いみたいねぇ」「ヒューッ」
扉を開けて入って来たのは、垂れ目のお姉さんだ。笑顔だからか、余計垂れ目に見える。それに、姿通りの可愛らしい声。
教壇の端に立ったは良いが、黒い冊子を両手で胸に抱え、その先へ進めずに困っている。体を左右に傾ける度に黒髪が左右に揺れて。
目と口は笑っているが、実際は『困ったなぁ』なのか。本来なら直ぐに自己紹介して説明に入るはずなのに、それが出来ないでいる。
「席に付いてくださぁい」「はぁい」「やった、女じゃん」「俺の勝ちだな。昼飯奢りなぁ」「いや別に何も掛けてねぇし」「えぇ?」
教卓に片足を掛けて『女の評価』をしていた奴を含め、机上と通路を使い、大人しく引き下がって行く。振り返りながら。
奴らも『最初の印象が大事』と判っているのだろう。ドカッと椅子に腰掛けると、やらしい目でニヤニヤしながら教壇を見つめる。
「可愛い娘居るじゃん」「しかも、でっかい」「あぁ、たまんねぇ」
はて。女の好みについて、さっきは評価が割れていたはずなのに、教壇に立った女教官については、評価が一致したらしい。
まだ自己紹介もない。今は教卓に付いた足跡を、『あらあら』と言いながら手で拭いている所だ。胸の谷間が良く見える。
「おねぇちゃん、俺達の担当なのぉ?」「えぇ、そうですよぉ」「名前は?」「これで良し。奇麗になったぁ」「サイズ幾つぅ?」
どうやら『聞き入れる質問』は、一つだけらしい。矢継ぎ早に繰り出される質問は無視して、マイペースで仕事をこなすタイプか。
手に抱えていた『出席簿』を教卓に置くと、両手を胸の前で合わせる。如何にも『今来ました』な感じでパッと笑顔になった。
「皆さん、硫黄島へようこそぉ。私が担当教官の五十嵐ですぅ」
「五十嵐何ちゃん?」「年幾つぅ?」「はいはい、静かにぃ」
煩型の質問を笑顔で押さえ込むが、やはりマイペースなのか質問には答えない。下を向き、左胸辺りを摘まんだ所で表情が変わった。
「あら、『ネームプレート』が無いわぁ」「いきなりかよー」「何処よー探して来てやろうかぁ?」「あれぇ? 落としたかしらぁ。名前を読めない人が居るから、紹介するのに丁度良かったのになぁ」
まだ何歩も歩いていないが、とりあえず教壇の上を見つめている。
一番前の女も一応は探してみるが、多分、最初から付いていない。
『パチン』「あっ、着替えて来たから付け替えるの忘れちゃったぁ」
胸の前で両手を叩き、安心した笑顔になって再び教卓の前にやって来た。今度は教卓に両手を付き、口頭での自己紹介に切り替える。
「漢数字で『五十の嵐』って書いて五十嵐と読むんですけどぉ、私はまだ二十代なので、あんまり好きな名前じゃないんですよねぇ」
勝手な理由ではあるが、彼女なりの『鉄板ネタ』なのだろう。
何より『最初から口頭で説明するつもりでした』を醸し出し、ホワイトボードを使った自己紹介の予定は無いらしい。
「三十路じゃないのぉ?」「違いまぁす。殺しますよぉ?」「ワハハ!」「おぉこえぇ」「殺されてぇ」「おいお前、やヴぁいぞ」
冗談に冗談で答える所が、寧ろ可愛いではないか。そんな、虫も殺せ無さそうな顔で『殺しますよ?』と言った所で、真似された上に、後で『おかず』になるだけだ。
「ハイハイ。これから皆さんを『コントロールセンター』に案内致しますけどぉ、セキュリティー上、規則を破った場合はぁ」「場合は?」「どうなるぅ」「はいその場合はぁ、命で償って頂きますぅ」




