海底パイプライン(二百四十)
「なぁなぁ、今度来る教官って、男だと思う? それとも女?」
教室はざわついていた。と言っても、煩いのは一部である。
「女な訳ねぇだろ」「まじぃ?」「見て見ろって、こんな『野郎ばっかりのクラス』に、何で『女の教官が来る』って思えるんだぁ?」
煩いと言うからには、イコール・声がデカい訳だが、デカい態度と合わせても理由がある。見回してみろ。頭が良さそうな者は、いないではないか。あと、女の数も極端に少ない。
「まぁ、硫黄島に来るような女に、『可愛い子は居ねぇ』って、散々言われてたけどなぁ!」「あぁ、その通りだぜ」
煩型の一人が腕を大きく回して、教室全体を指し示す。後ろの席に屯している男達が、溜息を聞こえるように吐き出した。
『ちょっと男子煩い。静かにしてっ!』『出た出た良い子ちゃん!』
と、こうなるのが定番なのかもしれないが何も起きぬ。一応前の方には、女子と思しき数名が座っているのだが振り返りもしない
それもそのはず。これが中学でも高校でも『ガキの集い』なら兎も角、一応は社会人として研修を終え『現場配属』の初日である。
「しかし、いつまで待たせるんだぁ?」「待っている間も『仕事の内』なんだから、良いじゃねぇか」「楽な仕事だのぉ」「ハハハ」
マグロ漁船の中で『時間厳守』を叩き込まれただけあって、一応は『時間通りに出勤』した訳なのだが、教室には新人が並ぶのみ。
言われていた『指導教官』が、待てど暮らせど来ないのだ。
「ねぇねぇ、おねぇちゃん達も、マグロ漁船に乗ってたのぉ?」
「俺達一号艇。禿げ船長のトコ。知ってるぅ?」「ひでぇ船でさぁ」
正直『四カ月前』のことだが、良く覚えてはいない。
そもそも『Fラン』とか『三流』とか、不名誉な接頭語が付く学校から、一般人垂涎の『財閥系の会社に就職』という栄誉を勝ち取った彼らである。合格するとは本人も思ってはいなかったであろう。
それが『入社式海上はこちら』と、誤字を笑っていたのも束の間。気が付いたらマグロ漁船に乗せられて、今に至ると言う訳。
「おねぇちゃん達、マグロ漁船で何してたのぉ?」「お前そこは、『アクセント』がちげぇよ」「はぁ?」「ちゃんと『何してたの』って言わねぇと!」「確かに!」「どうせ『船長の相手』だろぉ?」
笑い声が沸き上がる。男達が言う通り『吉野財閥の新人研修』は、通称『マグロ漁船』と呼ばれる警備艇で執り行われる。当然、男も女もないが、奴らは寂しいかな。同じ船に女が居なかったのだろう。
それとも男の中から、『船長のお相手』が選ばれたとか?
いやはや。しかし沢山居た新人の中で、『ここまで持った』のだから、それなりの実力を持った奴らであることは確か。特に今騒いでいる奴らは、気の合った『素行不良者同士』である。
それが硫黄島で『めでたく再会した』のだから、騒ぎたくなるのも無理はない。それに『他のマグロ漁船』に分乗していた同期だって、当然『同程度』と思っていても致し方なしだ。
「なぁなぁ、何か言えよぉ」「今度は俺達が仲間みたいだしよぉ」「仲良くやっていこうぜぇ?」「ねぇ彼女ぉ、名前なんてぇの?」
一人は机上を。他は通路を歩いて前へ。机上の奴、当然のように靴を履いたままだ。途中『野郎の席』を経由。小柄な彼は、チラっと足先を見ただけで何もしない。関わりたくないのだろう。
「何だハズレじゃん」「いや眼鏡を取れば割と可愛いし」「何だお前、女だったら誰でも良いって体になっちまったかぁ?」『ガラッ』




