海底パイプライン(二百三十九)
普段から火薬を扱っている身として、『爆薬三十キロ』の重みは良く判っているつもり。備蓄米に換算して、税別一万二千円分だ。
「もっとこう『バンッ』って広がって、この辺なんかも崩れてるハズですよね」「あぁ、水加減を間違えると、食えたもんじゃねぇ」
手を広げ『爆発した場合の被害範囲』を想定する浦佐の横で、穴を見つめながら如何にも『判ってる』と、頷いた若頭である。
何を? 聞こえて来た内容の意味が、サッパリ判らない。浦佐は聞き間違えかと思って、慌てて後ろの黒服を見た。
するとどうやら黒服達も同意見なようで、サングラス越しでも『戸惑っている』のが判る。浦佐は思わず聞き直す。
「水加減?」「食え?」「あっ、て、やっぱりほらぁ、管理も大変なんじゃねぇかな? ってことよ。管理もぉ。なぁ? ハハハァ」
浦佐と黒服から漏れ出た疑問譜に、若頭は我に返ったか。
何とか誤魔化そうと、備蓄米と同じ位乾いた笑いだ。が、そこへ水を差すようで申し訳ないが、浦佐にも意味が判って呆れる。
どうせ昨日『スナック朱美』の明美ママから、『安かったから備蓄米を買ったのぉ』と相談された件を、引きずっているに違いない。
「米倉のおやっさんみたいに?」「そうそう! 管理がなぁ……?」
アンダーグラウンドで暴利を貪る米穀商『米倉の叔父貴』の名を出せば、やっぱりではないか。ちょっと若頭はママに熱を入れ過ぎ。
あの場で言い出せなかったのだが、あれは備蓄米ではなく、去年売れ残ったタイ米を袋に詰め直した『まがい品』だ。それでも国産米サイズにカットした物だから、開封して食うまでは判らないはず。
まぁそれでも、最近の『小鳥の餌』みたいなのが混じった奴より幾分かはマシ。毎日炒飯にすれば良いんだから、何処に問題があろう。アンダーグラウンドで炒飯が食える。まるで天国じゃないか。
「やっぱり『不発弾』ってことも、ありますって」「じゃぁ探すか」「えっ? マジで言ってます?」「だって、確認しないと」「いや判りますけど、見つかってもし不発弾だったら、どうすんですか?」「机に飾ろうぜ?」「えっ? 誰の?」「渚ちゃんのに、決まってんじゃん?」「いや組長の机にそんなモン置いちゃダメっしょっ!」
いつものように『突然の思い付き』で言われても困る。幾ら若頭の補佐役と言っても、補佐しきれるものとしきれないものがある。
組長が大和の主砲弾(不発弾疑い)に、『得意の頭突き』でも食らわせた日にゃぁ、爆発から身を守る術など無いに等しい。
「でもお前、これじゃぁ『熊の代り』はどうすんだよっ!」「それを言われたらぁ……」「だろぉ?」「えぇ、まぁ」「どうすんだ!」
若頭が足を『ドンッ』とやりながら、何度も穴を指さしている。
勢いで足元も崩れ落ちそうだが、既にカリモクの机も、机上にあった熊も、跡形もなく同じ木片と相成っているであろう。
「壁と床はまだしも『木彫りの熊』は、そんじょそこらじゃ手に入らねぇ代物だぞ? お前ぇその辺の所、良く判ってんだろうなっ!」
その通りだ。壁なんて飾りだし、床は『組長の動線』だけ、強度を確保しておけば問題ない。天井? 雨漏りなんて、雨の日しか起きないではないか。明日は多分晴れだし、何とかなる。
が、しかし、『木彫りの熊』だけは、どうにもならない。
今から北海道へ行くには、申請だけでも一カ月は掛かるだろうし、行けたとて、買える保証も帰れる保証も無きに等しい、激戦の地だ。
そもそも組長自慢の一品だった『巨大熊』を、パッと行って変える程闇ルートは甘くない。だとしたら、やはり『やるしかない』か。浦佐は唾を飲み、覚悟決めた。低い声で呟く。
「お前ら探すぞ」「えっ? 今自分で無理って」「うるせぇっ!」




