海底パイプライン(二百三十七)
「女に現を抜かすような奴が、『罪が無い』だとぉ?」「ハイッ」
あと数センチで体に穴が開く。そんな状況なのに、臼蔵少尉は一歩も引かない。両手両足を大きく開き、あくまでも石井中佐の前に立ち塞がるつもりか。真っ直ぐな目で石井中佐を見つめている。
「彼女達は我々を『慰問していただけ』で、あります!」「少尉ぃ」
強く訴えた瞬間、後ろから朱美の声が聞こえたのだろう。
厳しい顔をしていた臼蔵少尉は、振り返って朱美に笑顔を魅せた。更にはウインク。『大丈夫だ。君は俺が守る』と言いたいのだろう。実に『男気』を感じる仕草ではないか。朱美の唇が震えている。
『前前』『はぁ?』『まえっ』『はぁあぁ?』『まぁえぇえぇっ!』
朱美は『臼蔵少尉の早着替え』をつぶさに見ていたのだろう。
そこで『一手足りない』に気が付いてしまったら、臼蔵少尉『渾身のウインク』も、無駄になろうと言うものだ。ズボンがずり落ちないのは『足を広げたから』だろうし、靴下なんか左右逆に履いているし。いやはや良く見ている。女の観察眼恐ろしや。
臼蔵少尉にとって『言って足りないもの』とは何か。
確かに『朱美の表情』を見ても、何だか『感謝が足りないなぁ』とは、思っていた。しかし臼蔵少尉は、大声で断言できる。
別に感謝を求めて『女を抱いたこと』なんて、『一度も無い』と。
求めたのは、飽くまでも快・楽・の・み。最低だ。
「そういうことをする前に、身なりをちゃんとしろっ!」「イテッ」
石井中佐にやられて、臼蔵少尉からピューッと『何色かの液体』が噴き出した訳に非ず。『カチン』と音がして、サーベルは無事鞘に収まっている。故に今の一撃は『空手チョップ』だ。
「そんなに痛くないだろぉ?」「いえ、頭を打ったもので……」
本人が申告する通り、『医者の空手チョップ』がそんなに痛い訳も無かろう。わざと『痛そうな場所』を狙ったのならいざ知らず。
が、臼蔵少尉が苦笑いで頭を指し示せば、そこは上司として軍医として、やはり傷口を確認せねばなるまい。一歩前に出る。
「どれ、診せて見ろっ!」「あっ、この辺です」「あぁ?」
包帯も巻いていないのだが、果たして止血済なのか、それとも縫い合わせたか。縫い合わせたのだとしたのなら、毛が生えたままするなんて、何処の素人がやったのだと問いたい。問い詰めたい。
大事な部下の頭が、これ以上おかしくなってしまったら。
「どうにもなっとらんわっ!」(パチンッ)「イテェッ!」
まぁ『たんこぶ』位は出来ているかもしれないが、『頭に血が昇るような行為』をしておいて、今更『怪我人です』も無かろう。
体を反らせた臼蔵少尉であるが、今度は首を押さえたではないか。
「あぁ首も痛いんです。鞭打ちかも?」「楽にしてやろうか?」
臼蔵少尉は両手を前に出して『全快』をアピール。どうやら鞭打つ前に、鞭打ちが一瞬で治ってしまったらしい。それもそのはず。
石井中佐が手にしたのは『鞭』ではなく、『サーベル』であったからだ。いやもしかしたら、形状からして『麻酔の注射』かもしれないが、今は『確率論』について論じるつもりはない。
「行くぞっ!」「はいっ!」「はいっ!」「退けっ!」
石井中佐は四平を押し退けて部屋を出た。『他部隊のこと』と、一部始終を生暖かく見ていた無線係は、しれっと避けている。
「出口は何処だっ!」「あっ、こちらです」「早く案内せんかっ!」
不満を露わにした四平だが、先頭に立つとスマホを両手で持つ。




