海底パイプライン(二百三十六)
目の前で始まった『コント』について、自分は『観客だ』と思っていた矢先に、サーベルの切先が付き付けられたら、そりゃぁビックリだってするだろう。雪江と朱美は抱き合って飛び上がる。
「どうだっ!」「朱美ちゃんは関係ないです!」「雪江ちゃんも!」
一応説明しておくと、この場合の『抱き合う』とは、さっきまでの『ソファーの上』ではなく、文字通り『抱き締め合って』である。
臼蔵少尉の言い方が尋常じゃない。必死だ。新キャラの朱美を『ガッチリ抱いた』だけあって、一応は守ろうとしているのが判る。
それに比べると、井学大尉の方は『付け足し感』が拭えない。まぁ確かに『拭って貰っただけ』だと? そんなモンかもしれないが。
「信じろと?」「ヒィィッ!」「大将っ! 助けてっ! 大将は?」
軍人相手に『大将コール』はややこしかろう。
石井中佐にしたって、本当に『山本大将』がお見えになったとしたら、それはもう直立不動でお迎えしなければならない所だ。
しかし明らかに違う。多分だが『若頭』で間違いない。きっと茶屋の中ではそう呼ばれているのだろう。
「あぁあぁ、直ぐ呼んで来ます」「何で居ないの!」「あんた誰!」
石井中佐の予想は当たっていた。実際『大将』とは『若頭』を指していたのだ。遊女二人は、その『若頭の指示』で来たと言うのに、肝心なときになって、姿が見えないではないか。
若頭は『コイツ』とは違う。オロオロはしないし、サーベルを振り回す『おっさん』なんて、強烈な『オッサンパンチ』で一発ノックアウトだ。その昔『遣唐使だった』って言ってたし。意味判らん。
「いや俺だって、若頭に言われて」「あんたなんて知らないわよっ」
よりによって居るのは『ゲーム野郎』だし。こいつ、一体何しに来たと言うのだろう。普段から『気持ちの悪い奴』で有名だ。
どうせ頭の中は『エロだらけ』な癖に、表情だけは『興味ありません』を装って。ジロジロ見ている目が『さぶいぼ』なんだよ!
何を考えているのか判らないのが一番怖い。どうせゲームに登場する『女キャラ』と、『実物の女』を舐め回すように見比べた挙句に、『女キャラを優先するような奴だ』って、皆で噂している。
名前なんか知らないし、知りたくもない。故に、頼りになんてなろうはずもなく、なるとしたら、精々『肉壁』と言った所か。
「ちょっとあんた、せめて『盾』になりなさいよっ!」「うわっ」
雪江は四平の服を掴んで引っ張った。自分と切先の間に引き寄せるためだ。すると見た目に反して雪江は、腕の力が中々強いらしい。四平が然したる抵抗もせずに、引っ張られて行く。
いやいや。四平の力が弱過ぎる? ゲームのやり過ぎで、体幹もガタガタなのだろう。女の細腕に引っ張られた位で片足を浮かせると、そのまま引っ張られて行くではないか。情けない限りだ。
しかし、それだけではない。ソファーに当たって『座りそう』になるも、今度は雪江が『そうはさせじ』と反対側にグイッと引っ張る。こうして見事『盾』に相成るとは。
少しは鍛えた方が良くないか? 見えた腹はツルンだったぞ?
「うわっ!」「彼女達に『罪』はありません!」「ほう」
四平を突き飛ばし、切先と雪江の間に入ったのは井学大尉だ。しかし不思議なことに、室内に響いた『声』は確かに臼蔵少尉である。
目の前で見ていた石井中佐にしてみれば、それは不思議でも何でもなかった。ただ単に、臼蔵少尉が井学大尉を突き飛ばしただけだ。
石井中佐は改めて、切先を臼蔵少尉に向け直すのみ。




