海底パイプライン(二百三十五)
呑気なものだ。『同じこと』をしていて、こっちは当然『お咎めなし』に決まっている。『ウフン』と色目を使いながら、雪江は着物を捲り上げ、肩をしまった。帯はと言えば、それはまだ何も。
だって、焦らしてばかりだったから。いや、そうじゃなくて。
「少尉の方は『お楽しみ中』らしいなぁ? えぇえぇ!」
井学大尉は立ち上がった瞬間、自分の方が『まだまし』と判った。
何故なら臼蔵少尉は、既に『軍人とは判らない状態』に相成っていたからだ。まるで戦場にて『略奪にあった』かのように。
「もう終わりましたっ!」「三回目なので(はぁと)」「ほう」
草葉の陰ならぬ『ソファーの陰』から、略奪主たる『はだけた女』を退かしてからの、堂々たるご登場である。筋肉質の良い体だ。
いや、立ち上がって直ぐにブラブラさせているモノは、思いの外堂々とはしていない。青ざめた顔と一緒。しかし、相手をしていた女の言うことを信じれば、『そりゃそうだ』と思う他はない。
「こらっ、余計なことを」「あらやだぁん。本当のことじゃなぁい」
こっちの方が『教育がなっていない』のか。話し方が普通で、『ありんす調』ではなかった。まるで知り合いの女に『赤いべべ』を着せただけのような。まぁ、そんな素人娘が好きな輩も居よう。
「それが余計なことって」「貴様は置いて行くぞっ!」「はっ!」
一喝されて尚、臼蔵少尉は少尉たらしめんと必死だ。今まで見たことのない速さで着替えを済ませ、既に身支度を整えた井学大尉の横に並び立った。これを『江田島仕込み』と言われても困るが。
改めて『二人揃って最敬礼』したとて、お迎えに来た上官の、何とも微妙な表情なこと。後ろから仔細を眺めていた雪江と朱美にしてみれば、それはもう『コント』にしか見えぬ。
可笑し過ぎて、顔を見合わせると笑うばかりだ。
「あのぉ」「何だっ!」「ひっ!」「だから何だっ!」
石井中佐の後ろから、そっと声を掛けたのは四平である。しかし『間』が悪かったのか、後ろを振り返らずに声を荒げるだけである。
「『ごゆるりとお過ごし下さい』って、言ったのは、我々なのでぇ」
聞いた途端、石井中佐がクルリと振り返ったではないか。
「何だとぉ?」「はい」「そうなのか!」「はい」「本当にか?」「はい」「そっちの女は!」「そうでありんす」「そうだけど」
矢継ぎ早に問う。目が合った者が順番に『YES』を宣言したとしても、石井中佐の表情が緩むことは決してない。
「馬鹿者っ! だとしても断らんかっ!」「はいっ!」「はいっ!」
「軍機を漏らしてはおらんだろうな?」「はいっ! 決してっ!」
井学大尉は震えあがった。あっという間に抜刀したサーベルの切先が、自分の目の前に現れたからだ。瞬きした瞬間だろうか。
それにしても井学大尉は、石井中佐から『刃物を突き付けられる』だなんて、夢にも思ってはいなかった。自分を救ってくれた恩人でもあるのに、そんなことをさせてしまった『己の罪』を恥じる。
「貴様は! 少尉っ!」「漏らしておりませんっ!」
それは嘘だ。表からは判らぬが、ズボンと一緒に履いたパンツに、ちょっぴりちびったかもしれない。本人の自覚が無いだけで。
しかし臼蔵少尉は井学大尉と違って、考える余裕がなかった。何故なら石井中佐の目を見て、『このまま殺される』と思ったからだ。
「漏らしたら、殺すしかないぞっ!」「ヒィイィッ!」「キャァ!」
切先が向かったのは『軍機を聞いたであろう雪江と朱美の方』だ。




