海底パイプライン(二百三十三)
話しながら通路を歩いていると、鉄格子の区画が現れた。
初めて見た者でも、それが『牢獄』であると判るだろう。嫌な所だ。しかし、最初に現れた牢獄には誰も居なかった。お陰でどんな部屋なのかが良く判る。
簡素なベッドと、丸見えのトイレが一つあるのみとは。
「どこに居るのかね?」「もっと向こうです」
と、奥を指さして振り返った四平だが、足を留める。全く『急いでいる』のか『いない』のか、ハッキリして欲しい。
石井中佐が誰も居ない牢獄を覗き込み、怪訝な表情をしているではないか。全く。そこに『人質が居ないこと』は明らかなのに。
「随分と『衛生的、ではない』部屋だなぁ」
医者らしい気の回し方で、同意を求めているのは無線係にだ。しかし、そんなことを聞かれても困る。無線係は眉を顰め肩を竦めた。
「陸軍の『懲罰房』よりは、大分マシかと」「それはそうだな」
鼻で笑った石井中佐がやっと歩き出した。四平も歩き始める。
それでも『とんでもない比較対象を提示した』からか、後ろを歩く無線係に石井中佐が問う。
「あれは地獄だろう。実は『経験』があるのかね?」「まさか」
意外にも未経験らしい。石井中佐は無線係が笑うのを始めて見た。
何もかも垂れ流しな『懲罰房』に比べれば、確かに居並ぶ牢獄の方が『人道的』と言えなくもない。少なくとも生活空間は有るし、汚物の処理だってきちんと出来るのだから。
まぁ、きちんと出来たとて、その『手』をどうするかは知らぬ。
「私は『仏の処理』をしたことがあるだけで」「あぁ、そっちか」
納得した石井中佐は頷く。懲罰房を晴れて出る方は、例え死んでいたとしても、きっと『清々しい気持ち』であろう。
が、お世話をする方にしてみれば、それは堪らんお役目である。民間なら不動産会社にでも勤めていなければ、経験出来ぬことだ。
「ここは女郎でもぶち込む用かね?」「そんな所です」
今度は四平に問う。振り返って二人の話を聞いていた四平は直ぐに頷いた。今は誰も居ないが、四平もこの部屋に下女が閉じ込められていたのを見たことがある。安っぽい着物を着た女だった。
薬でもやっているのか『死んだ目』をしていて、童貞の四平でさえ、とても抱く気にはなれなかったのを良く覚えている。
だからが故にか、補足事項の方も忘れない。
「ですが『客の方』ってこともあります。男も女も無いです」
支払い不能者や、薬の売人もごゆっくり頂ける施設である。
「それは、『招かれざる客』も、含めてかね?」「そうですけど」「ほう」「いやいや、違います違います!」「何が違うのだねぇ?」
肯定からの否定。一体どっちだ。四平が慌てて否定したのは、石井中佐が『サーベルに手を掛けたから』なのだが、それだけではない。実際井学大尉と臼蔵少尉の二人は、最初はこの牢獄の同じ部屋に押し込められていた。勿論二人の関係に発展は無い。
「こちらの部屋で、丁重にお過ごし頂いておりますので」「そうか」
見ればドアの前。牢獄に非ずか。やっと到着した模様だ。
四平はノックもせずにドアを開けた。いやいや、マナーも減ったくりもない。早く人質に会わせないと、自分がぶっ刺されると思えばこそだ。すると暗い廊下から一転。明るい部屋から漏れ出る声が。
「あぁあぁん。大尉どのぉ。お・げ・ん・きぃ」




