海底パイプライン(二百三十一)
「ほう。これは見事だ」「おぉおぉ。凄いですねぇ」
石井中佐と無線係は『数秒前に質問した答え』を目の当りにしていた。秒読みから丸一日経過しているのは置いといて。
目の前が開け、眼下に広がったのは『瓦屋根の街並み』である。
観察眼に優れ勘も鋭い石井中佐は、この情緒溢るる街並みを『吉原遊郭街である』と結論付けていた。場所柄的にも正解であろう。
「おや、あそこの一角だけ、焼けてしまっているようだが?」
指さした壁際の所だけ黒ずんでいる。すると、スマホでゲームをしていた四平がチラリと顔を上げた。直ぐに視線はスマホへ。
「お宅らが突っ込んだ場所ですよ」「んん? こんな所にか?」
「何を言ってるんですかぁ? 親分達の前でそんなこと言ったら、刺されますよ?」「いや、ここは地上で、は……」「違いますよぉ」
四平の言う通りかもしれない。軍の代表が吉原を見た途端『こんな所』なんて言ったら、そりゃぁブチ切れるのも致し方なし。
しかし被害者側であっても、今の四平が『人質交換の案内人』でなければ、この場で刺されていただろう。軍を舐め切った態度だ。
しかし今もって無事なのは、指示を出す係の石井中佐が街並みを眺め『はて?』と、頭を捻っていたからに他ならない。
確かヘリが墜落したのは、アンダーグラウンドであったのにと。
「ここは、アンダーグラウンドなのかね?」「そうです」「ほぉ」
無線係は既に準備を終え、後は石井中佐の『指示』を待つばかりに。今度は顔も上げずに答える四平を、見てしまったからだ。
そうとは知らない四平は、当たり前のことを話すのに、いちいち顔を上げ、相手の目を見て話す必要性すら感じてはいない。ましてやニッコリ笑って『愛想を振り撒く』だなんて、誰かに言われるまで頭の片隅にも無い。今は兎に角ゲームゲームゲーム。
何しろ『自己新記録が掛かった状態』なのであるからにして。
それに、目の前の相手は『客』でもなければ『目上』でもない。
「見りゃ判るでしょ?」「初めてか?」「えぇ。凄いですねぇ」
四平を無視して、石井中佐は無線係と話していた。二人で頷く。
偶然だが、四平も同じタイミングで頷く。遂に『新記録』を達成した瞬間だ。やっぱり世の中『自分のやりたいこと』を、やりたいだけやった方が勝ちに決まっている。
何も言われないのは許可されたのと同義だし、ダメなら『ダメ』って言えば良いだけ。お互いに口も耳もあるのだし。
まぁ、止めるかどうかは『実際に言われた感じ』から決めるとして、再開についてまでとやかく言われる筋合いはない。
「歩いている人が皆『和服を着ている』が? 我々は良いのかね?」
「別に花街へ連れてく訳じゃないんで」「だ、そうだ」「はい」
新記録を更新しようと、四平は躍起になっている。
「残念だな」「いや私は別に『残念』だなんて。ハハハ」「ハハハ」
軍人二人も『乾いた笑いの最中』であり、四平の態度は不問だ。
「じゃぁコレは何処へ行くのかね?」「ガチ一階です」「ガチィ?」「本当の地面ってことじゃないですか?」「そうなのか?」「……」
返事がない。実は石井中佐が質問した瞬間、敵の攻撃を寸での所で躱した四平なのであった。今は安堵するための時間だ。『今のは俺じゃないと、避けられなかったな』と、満足げに思うための。
「どうでも良いが、君ぃ。井学大尉は無事なんだろうな?」「だと思いますよ」「思いますとは何だね!」「いや、俺は案内しろって言われただけなんで」「そんなのはどうでも良い。爪の一枚でも剥がれててみろっ! その場で切り捨てるからなっ!」「ヒィッ!」
サーベルの切先が四平の眼前に迫るが問題ない。残機はあと二機。




