海底パイプライン(二百二十七)
「今から押さえても遅せぇんだよ」「着いちまったぞ?」
目的地に着いた。巨大な円形の構造物。フロートだ。
中心にあるハッチを開けて下に降りれば、目的の『バルブ』が拝めるはず。今回のミッションは『形状』を確認し、果たして『潜水艦の給油口として使えるか』の検討材料を得ることだ。
「中山ぁ、お前はどうすんだよ」「小ならその辺で済ませて来いよ」
田中が工具箱を振って指し示した方は、特に何もない『海』である。中山は手をピッと伸ばして、押さえるのを止めた。ケツを。
「大丈夫であります! 何か引っ込みました!」「何だよ」「人騒がせなだけか」「いや、塹壕で『小は駄目』って思い出したらさぁ」「引っ込んだってかぁ?」「そうそう」「だったら早く思い出せよ」
病は気からか。中山は苦笑いで頭を掻く。単に『プレッシャー』が掛かっているだけだったのか。それとも、出発前にトイレを済ませて来たのを忘れただけか。どっちでも良いが、本当に人騒がせな。
「ハッチはこれだな。うっ、結構硬いな」「ほら中山ぁ」「うい?」
田中が工具箱で中山を小突く。今ので『ハッチを開ける映像』が、変に揺れてしまったであろうが、それも致し方なし。
しかし中山は、相変わらずとぼけた顔だ。自分を指さして『何?』なのだから。それはこっちが言いたい。本当に何しに来たんだか。
「手伝えよ」「あぁ」「先に言っとくけど、ココで出すなよ?」
中山にだけ見えるよう『工具箱』を指さした。それは『録画してるからな』を意味する。後で見たとき、中山の(以下略)は御免だ。
「良し開いたぁ」「セーフッ!」「何がセーフだ。馬鹿たれ」
しっかり録音もされているのだが、もう三人は気にもしていないようだ。見た所『監視録画』もされていなさそうだし、少なくとも見える所にトイレも無ければ人影もない。
これから行く先だって『無人』であろうし。いや、それこそ『こんにちわ』って誰か出て来たら、それはそれでビックリするけれど。
「じゃぁ行くか」「俺、先に行きましょうか?」「あぁ、そうだな」
今度は手を上げているので、田中は工具箱を指してはいない。
しかし山田は中山とは違うので、その意図を理解していた。立坑は狭いので、録画するなら見通しが良い方がイイに決まっている。
「潜入開始ぃ」「俺、最後で良いっす」「何でだ? 先に行けよ」
「いや山田さん先どうぞ」「お前が途中で引っ掛かったら、誰が上から引っ張り上げるんだぁ?」「幾ら何でも大丈夫ですよぉ」「こんなに立派に育っちまってえぇ? もしもしぃ何か月目でちゅか?」
田中がまだ『腰まで入った所』なのに、中山がもう山田に次の番を譲っている。しかし山田は中山の腹を小突いた。
「ちょ、出たらどうするんすか」「知らねぇよ」「ざけんなよ?」
中継しながらも、田中が中山に言い残して立坑へと消える。
結局田中が二番目、中山が希望通り最後の順で立坑を降りて行く。そこは静かな海の下、三十メートル程であろうか。
窓がないので、確認する術はないのだが。しかし直ぐに、涼しくなったことで『海中である』を実感出来た。
最初に入った田中が、どうやら一番下の『バルブ』に無事到達したようだ。上を向いたので、山田の股間越しに目が合う。
「おいっ! こいつ『海底パイプライン』が、接続されてないぞ?」
二番手が中山であれば『このマジ顔』は、拝めなかったであろう。




