海底パイプライン(二百二十二)
五十嵐は何も言っていない。ただ頷くのみ。黒田の方を向いて。
しかし、黒井の顔を見た途端首を横に振る。鼻をピクピクさせているのを見てしまったからだ。が、そんな五十嵐を黒井の方から見ると、『黒田と一緒に笑っている』ようにしか見えない。実態は黒田が五十嵐の肩を掴み、激しく横に揺さぶっているだけなのだが。
「……」「ほら、五十嵐も何か言ってやれ。この素人野郎にさ」
黙秘権を行使。既に五十嵐は黒井から『コイツゥ』と思われている。今度黒井が操縦するヘリに乗ったなら、きっと『宙返り』をお見舞いされることだろう。おめでとうございます。パチパチ。
「えーっと、こちら『別のプラントに接続されている』との情報がありましてぇ」「なぁ? コイツの情報は『バッチグゥ』なんだ!」
黒田は五十嵐の肩に手を回したまま、両手で『OKサイン』を出す。五十嵐が『グエッ』と言う程に肘を絞って。
五十嵐が『息が出来ません』と睨み付けても我関せず。黒井がムッとしているのを嬉しそうに見つめ、そのまま五十嵐を覗き込む。
すると五十嵐が一気に笑顔に変わって頷いた。細かく三回も。
「一旦『硫黄島本島の方』に行ってるの?」「はい。この辺です」
黒田が力を緩めた一瞬の隙を突いて、五十嵐は前屈みになった。
黒井が指さした『硫黄島中央』ではなく、海沿いの辺りだ。当然そこには何も写っていない。あるのはコンクリートの建屋のみか。
「何も写って無いけど『コンビナート』があったりする?」「はい」
やはりか。今の時代『写真の加工』なんて、お茶の子さいさいか。
「ホントにぃ? 随分詳しいね。行ったことあるの?」「えっ……」
だとしても、随分と綺麗な『更地』ではないか。説明を始めた五十嵐が突然黙り込んだので、黒井が顔を上げた。
「あるんだよなぁ?」「じじぃには聞いてねぇ」「いやあのぉ……」
まただ。五十嵐が黒田と黒井の顔を交互に見て、どっちに『本当のこと』を言おうか悩んでいる。
「こいつ硫黄島の『警備担当』だったんだけどよぉ」「えぇ」
黒田が勝手に説明を始めてしまっていた。五十嵐は頷くのみ。
「吉原でやらかして、クビになっちまったんだよなぁ」「えぇまぁ」「このドスケベッ」「いやいや」「ドスケベだろうがぁ。何人とやったんだぁ?」「そ、そんなには」「五人かっ!」「そんな訳ぇ」「十人だよなぁ」「増えてます増えてます」「じゃぁ何人だ。ホレホレェ」「あぁん五十嵐さまぁ、すんごぉい」「ガハハッ!」「いや、そんなに凄くないですって」「ほら黒井の奴も、聞きたがってるぞ?」「……」「教えてやれって」「そうだぞぉ『俺の方が凄いんだ』って、なぁ(バシッ)」「イテッ。いやそんな中佐の方がカッコイイですしぃ」「でもお前の方がヒーヒー言わせたんだろぉ?」「お客様ぁもう朝ですぅ」「ダメだっもう一回だっ」「そんなぁ」「いや俺ぇ、そんなこと言ってないです」「おっかしいなぁ『朱美ちゃん』に聞いたら、そう言ってたぞぉ?」「ガハハ」
何だか外野が煩くなってきて、説明所ではなくなってしまったか。
黒井は思う。五十嵐の武勇伝を『また今度』にするなら、海底パイプライン強襲も、是非『また今度』にして貰いたい。
「新しいプラントの稼働前だったんで『多分』なんですけどぉ」「じゃぁ五十嵐も見に行くか!」「大佐止めて下さい。絶・対・嫌です!」「何だよ気になるだろう?」「なりません!」「またまたぁ。生まれ故郷なんだしぃ。なっ!」「ちっ違いますよ!」




