海底パイプライン(二百二十一)
「その辺の所、五十嵐君はどう? 何か知ってるの?」
「あぁ中佐殿、俺なんか『呼び捨て』で結構です」「そうだぞぉ?」
別に『君』位付けたって良いじゃないか。初対面なんだし。あぁ大佐。貴様は黙ってろ。階級? んなモン知らんっ!
「あぁそう? じゃぁ五十嵐、何か知ってる?」
特に拘りがある訳でもない。本人が固辞する以上、深入りもせずだ。しかし階級以上に、五十嵐には相当『引け目を感じるもの』があるらしい。まるで借金でも踏み倒して来た奴のような感じ。周りのあらゆるものに、警戒している素振りまで。
生まれたての子鹿だって、そんなにはビクビクしとらん。
「ホラ。教えてやれ」「あっハイ」「大丈夫だから。なっ!」
それだと殆ど『言えと脅している』に等しい。いや見てられん。
バシッと叩く度に、心臓が飛び出して来そうだし。本当に飛んで来たら、大事な図面の上に『ビチャッ』と……。
おっと。これ以上のグロい表現は止めておこうっ(キラキラァ)
「確かに、新しい『ボーリング基地』が設営されています」
酸っぱいものを無理やり飲み込んでから、五十嵐は言い切った。
「それは何処に?」「硫黄島沖です」「具体的には?」「えーっとですね」「ちょっ、ちょっと待って?」「何だ?」
その後に質問したのは黒井で、答えたのは五十嵐。更問が黒田であるが故に、五十嵐は答えない訳にも行かず。そこへ黒井の待て。
素直に衛星写真を広げようとした五十嵐は、即座に凍り付く。
「今から行くの?」「いやぁ?」「そう」「ほら五十嵐、続けて」
黒田の性格と行動力を理解している黒井は、心配で仕方がない。
しかしどうやら『杞憂』に終わったか。目が笑ってたし。しぃ?
「あっ、はい。こちらが硫黄島の海域でして」「ちょっと待って」「何だよ。いちいち止めるな」「本当は『今から』行くの?」「行かねぇって言ってんだろう?」「OK。続けて」「はい。えーっと、この小さく映っている『監獄岩』の横にですね、新しい海上プラントを建築しているのですが、それだけが別のプラント」「あぁ御免」
五十嵐が指さした先に『海上プラント』が写っていない。完全なる『海』である。仮に『行くこと』になっても、必要な装備は『浮き輪』と『シュノーケル』と『足ひれ』だろうか。後は『水中眼鏡』もあった方が良かろう。勿論、砂浜に差す『ビーチパラソル』と『長椅子』もお忘れなく。一応は『日焼け止め』も必要だろうか。
「何だよ。これから大事な所の説明だろぉ?」「じじぃとは行かんからな?」「何でだよ。つめてぇなぁ」「だってここには、何も写ってねぇじゃねぇか。行ったって出来るのは『海水浴』か『スイカ割り』じゃねぇのか?」「スイカ割りは楽しそうだなぁ」「やりたきゃ稲毛海岸でも九十九里浜でも行って来いよっ!」「えぇえぇ」
何の話なんだか。五十嵐は『説明が悪かった』と恐縮しきりだ。明らかに怒り出した黒井に説明しようにも、説明させて貰えそうにない。助けを求めて黒田を見つめている。
やっと黒田が気が付いて五十嵐の肩をポンと。そして強く揺らす。
「素人に判りやすく説明してやれよ」「えぇえぇ」「おぉ宜しくぅ」
全然『助け』になっていない。寧ろ『油を注がれた気分』だ。
「えっとですねぇ、こちらの衛星写真なんですけどぉ、撮影してから公開されるまでの間に『非公開情報は削除』されちゃうんですぅ」
「だ、そうなんだっ。なぁ? これだからド素人は困るんだよなぁ」




