海底パイプライン(二百二十)
会議中に『笑い』が出るのは良いことだ。『死を前にした状況』ならば尚更に。作成成功への一助ともなろう。
しかし、笑われている本人を前にして『それはどうか』と思うことはある。特に『そういうことに煩かった世界』から来た黒井にしてみれば。どういう理由であれ、決して『面白い』とは思えない。
「これ、上下逆さまじゃないんですかぁ?」「ん? こっちが上な」
遊女からパッと素に戻る。黒井がひっくり返して『良く見よう』としている図面を押さえ、フロートの部分をトントンと叩いた。
「あらっ、でもそれだと、随分頭でっかちになるんじゃ」
「いや、こっちに『水面』って書いてあるだろう?」「えぇえぇ?」
この図面が『まともでない』のは判る。何故なら随所に『黒塗り』の部分があるからだ。お陰で言われるまで『そもそも何なのか』が判らない。『ココからココまで』を示す補助線と、その数値の記載はあるものの、単位については全て黒塗りになっているのだし。
「良く見ろよ。目だけは良いんだろぉ?」「やかましいわっ!」
見れば確かに『水面』の二文字が図面の端に。しかしその文字は、たった今『黒田が折り返した』から判ったのだ。
ちゃんと見ていたぞ? 五十嵐が図面を机に広げたとき、角のロール部分を黒田の手が上から押し付けたことで、見えなくなってしまったことを。そっちこそ指先に、目を付けて置きやがれ。
「図面には描かれていないが、この辺にパイプラインが」「邪魔」
黒田の手を退けて、黒井は改めて図面を眺めた。
フロートから海中に向かって伸びる『棒』は、人間がすっぽりと入れる程の大きさであろう。途中に小さな丸が不規則に並ぶ。
潜水艦の『給油口のサイズ』なんて知らないが、それが『数ミリ』なんてこともないし、『数メートル』なんてこともない。だとしたら、この図面の単位は『ミリ』で、直径は『千五百ミリ』となる。
「潜水艦は重油なんだろ? 重油も硫黄島から産出されるのか?」
黒井が質問をしたのは黒田にだが、黒田は何故か五十嵐のことを小突いている。『お前が答えろ』と言いたいのだろうが、五十嵐だって困っているではないか。
「重油も産出されているものと思われます」「思うってぇ。ほらぁ」
睨み付けたのは黒田の方だ。無理矢理は良くない。
「吉野財閥はな、重油を全然買って無いんだ。なぁ?」「えぇまぁ」
結局黒田が答えているし、その『同意』だって怪しいものだ。
「だから何だって言うんすかぁ? そんなの、裏でコッソリ買ってるかもしれないでしょぉ?」「お前、あんだけの船をだなぁ、毎日動かしてるって言うのに、全然『ピンッ』と来ないのかよぉ」
確かに『裏で買う方』が大変に思える。品行方正を是として来た黒井にしてみれば、『裏のこと』なんて、なぁんにも知らない。
「まぁ『産出している』ってんなら、買う必要もないのは判るけど。でも『硫黄島から湧いてる』のって、『ガリソン』なんでしょぉ?」
「お前それぇ、『いつから湧いてる』と思ってんの?」「さぁ?」
「知らねぇのかよ。『ペリーが来たとき』からだろぉ」「黒船の?」
「他に誰が居るんだよぉ。ペリーと言えば『ガリソン』だろうがぁ」
「いや言わねぇっすよ」「言うのぉ。そんで今はなぁ『ガリソンの素に掘削技術が辿り着いた』って言われてんの!」「マジでぇ?」
「あぁ『裏では』の話しなぁ? あくまでも『噂話のレベル』だ」




