海底パイプライン(二百十九)
「で、そこは『どんな所』なんすか?」「おっ、やっぱり行ってくれるか」「まだ『行く』って決めた訳じゃねぇ!」「ちぇっ」
念押しだ。飛び切り強く。すると黒田は『着弾点のこと』は、もう頭から消し飛んでしまったのか、急いで『別の紙』を持って来た。
いや、持って来させた。実際に持って来たのは若い兵士だ。それを机に広げると、早速『説明しろ』と促す。
「五十嵐と言います」「コイツが調査担当だ」「あわわ。よろしく」
名前を言った所で、黒田が『肩を掴んで揺らした』ものだから、驚いてしまっている。どうにも気が小さい奴のようだ。
「こちらが海底パイプラインの一部です」「俺たちが狙う所だ」
説明を始めた五十嵐の横から、早速黒田が割り込んで来た。
偉い人に邪魔されたと思ったのだろう。五十嵐が唾を飲んで黙ってしまった。五十嵐が『黒田を見る目』は実に弱弱しい。
『そんなに話したいんだったらテメェで説明しろよ。この糞じじぃ』
「なっ!」『バシッ!』「ハイィィッ! そうでありんすっ!」
暫時黒井の目にはそう映っていた。が、笑顔の黒田に肩をぶっ叩かれた瞬間に吹き飛ぶ。束の間の夢にしては短過ぎよう。
驚いた顔に加え、一段高くなった声に周りが騒ぎ出す。
「ワハハ」「でたでた」「何で『ありんす』なんだよぉ」
きっと『いつものこと』なのだろう。思わず『ありんす』と口走った本人も頭を押さえながらしきりに頭を下げている。
「あちきは吉原生活が長かったので、つい出てしまうでありんすぅ」
黒田はふざけているだけだ。まるで着物を着て、フワフワした扇子を優雅に振りながらのセリフ。決めポーズもバッチリと決まった。
しかし『そんな遊女』が居たとしても、黒井は絶対にお断りだ。
「で、ここに『給油口』があるんだよ。なぁ?」「えぇ? えぇ」
唐突に戻るなと言いたい。それに肩を組んで『仲良し』か。
黒井はそれ位で『五十嵐に嫉妬』などしないが、何だったら『五十嵐を連れて行け』と言いたい。ほら五十嵐も笑顔で、頷かされているではないか。行け行け。逝ってしまえ。いや行ってしまえ。
「これは何ですか?」「ほら五十嵐ぃ。教えてやれよ」「あわわ」
黒井が指さしたのは『設計図の端』である。『Tの字』にしては全体的に細長いが、その平らな部分だ。
黒井が疑問に思うのも致し方ない。黒井から見てこの図面は、多分『上下逆になっている』と思われたからだ。
そこはどう見ても『海底に着床している部分』に見える。
「こちらは『フロート』でしてぇ」「全体的に浮いてるんだ」
肩を組んだまま『フワフワ感の説明』に余念がない黒田。
五十嵐の肩に回した手も、そのまま上下に揺すっているものだから、五十嵐がまたまた驚いているではないか。説明にも支障が。
ホント。一体『何のため』に呼ばれたんだか。黒田の見えない所で目付きが鋭くなる。どうせ僅かな時間であろうが。
「なっ!」「ハイィィッ! そうであり『ま』すぅ!」
「ワハハ」「おいおい」「慎重になってんぞぉ?」「何で『ありんす』じゃなんだよぉ」「今のは『ありんす』って言うとこだろぉ?」
「あちきは吉原通いが過ぎてぇ『クビになった』のでぇありんすぅ」
遊女になりきるには、肩から手を離さないとダメらしい。




