海底パイプライン(二百十六)
「あの馬鹿ぁ、本当に撃ちやがったぞっ! まだ出ねぇのかっ!」
「誰も出ません」「もっとデカい音で呼び出せっ!」「は、いぃ?」
黒田に怒鳴られて頷いたものの『無理』と気が付いて固まる。
いま使っているのは『黒電話』だ。『呼出音+』とか、そんなボタンもなければ『液晶画面』だってない。念の為にと引っ繰り返したって、『ネジ穴』が見えるだけ。
隣の男に『知ってる?』と聞いても返事は『さぁ?』だ。
聞かれた方にしたって、そもそも『黒電話』を見たのが、ココに来て初めてである。『使い方』なんて知る由もない。
『はい。ノアールです』「あっ、出たっ! 直ぐ逃げて下さいっ!」
何か声の感じからして『おばさん』が出た。直ぐに伝言をば。
『えっ? あのぉ、家はフレンチレストラン、なんですけどぉ?』
声色から、相手は大分困惑している。そりゃそうだろう。
知らないだろうが、実は向こうも『黒電話』なのだ。故に『相手の電話番号』はおろか、『契約者の名前』を表示するような小さな液晶表示すらない。あぁ、引っ繰り返しても判らんから。戻して。
そうなると『自分から名乗らないといけない』のだが、使う方も初めてなもので、そんな流儀には縛られてはおらず。
「あれっ、そちらは『ブラック・ゼロの本部』じゃないんですか?」
『チンッ』「切れた? もしもし? もしもーしっ!」『狆狆狆狆』
男は『渡されたメモ』を見ながら、間違えないようにダイヤルしたつもりだ。今更だがもう一度メモを目視する。
するとどうだろう。メモに書かれていたのは確かに『番号のみ』であって、『美味しい食事とワインを貴方に。フレンチレストラン・ノアール』とは何処にも書かれてはいない。やっちまったかぁ?
「これさぁ、一度やってみたかったんだよぉ」
男は誤魔化しに、フックをチンチン鳴らしながら笑っている。
「何か意味あんの? それ」「さぁ?」「何だよ」「もしかして、『リダイヤル』してるのかなぁ?」「そぉなぁのぉ?」
それはない。二人の会話に気が付いた黒田が立ち上がった。
「通じたか?」「はい。一応伝えることは伝えました」「そうか。何だって?」「何て言うか『家はフレンチレストランだ』そうです」「んん? ちゃんと伝えたのか? 大和の砲弾が飛んで来るって?」「それは伝えてないです」「何で?」「いや、あのぉ『直ぐ逃げて』って、言ったからですかねぇ?」「そうか。まぁ、なら大丈夫だろ」
互いに要領を得ない。凄くフワフワした状態だ。
「大佐っ! 大和から『第二撃』ですっ!」「何だってぇ?」
黒田は電話係の肩を『ご苦労様。有難う』とポポンと叩き、パソコン画面の方へ。監視を続けている『中継班の映像』に釘付けだ。
「この角度、同じく最大か?」『ドッゴォォォンッ!』「うわっ!」
ペリーでさえ東京、当時は江戸か。に『砲撃』なんて行わなかったのに、何と言う暴挙か。演習にしたって酷いではないか。
物珍しそうに見ていた黒井は意外にも冷静で、溜息混じりの感想を『ボソッ』と黒田に伝えるのみだ。
「すんごい煙が出るんですねぇ」「そうか。お前は見るの初めてか」「当たり前ですよ」「そっちではコレ、沈んだんだっけ?」「えぇ」「どうやって?」「いや航空機三百機以上で」「そんなにぃ? 見たの?」「んな訳ナイでしょぉ」「だって三百機ってさぁ、空母何隻分だぁ?」「十二隻っす」「えぇえぇ?」「いやマジですってぇ」




