海底パイプライン(二百十五)
「しかし艦長ぉ」「んん?」「吉野財閥の奴ら、何でこうもしつこく突っかかって来るんですかぁ? 別に何もしやしないのに……」
遠ざかる島風を見送りながら副長がボヤく。聞かれた艦長だって、口をへの字にするばかりだ。
東京湾を出入りする船舶なんて、日に五百隻は下らないだろう。
その一隻一隻に吉野財閥自衛隊は、『海底パイプラインのため』と称して臨検をしてくるのだ。嫌がらせに停船させたり、乗り込んで来て『賄賂を要求して来る』なんてことも。
「しょうがないだろう?」「いや、私だって判ってますけどぉ」
艦長の口から、改めて説明するような事柄じゃない。
それでも『理由』について、知りたくなるのも人情だ。
が、そもそも『理由』やら『基準』なんてものが存在するかは怪しい。大体が奴らの『気分次第』だし、もし仮に『危険』と判断されてしまったら、『通行許可』が下りないことだってあり得る。
「判ってるなら良いジャン」「でも、奴らが言うように『不許可になる』ことって、本当にあるんですかねぇ?」「さぁ?」
艦長は両手の平を上にして肩を竦める。知りたくもない。前例は無いが、そうなると『一大事』であることは誰にだって判るからだ。
千葉県沖から神奈川県沖に行くのだって、硫黄島の南を通って行かなければならなくなってしまうのだから。大分遠回りだ。
故に『それだけは避けたい』と思うのも、奴らをのさばらせておく原因の一つとなっている。艦長はニヤッと笑った。
「本艦が、初の『不許可』になるかもしれんなぁ」「あぁ? ちょっと艦長ぉ、大丈夫なんですかぁ? 飯が足りなくなっても知りませんよ?」「大丈夫だ。不許可だろうと『バーンッ』と突っ切るから」「またまたぁ。今回は『お古』でしたけど、次は『武装した奴』が出て来るかもしれませんよぉ?」「だとしても『負ける気』はしないがなっ」「でもぉ、潜水艦だって控えているって噂ですが?」「構わん構わん。んな魚雷の一発や二発で、大和は沈まんよっ!」「そりゃそうですけどぉ」「返り討ちにしてやりゃ良いんだよ」
艦長と副長の会話にしては、大分物騒な内容が艦橋に響き渡っていた。しかし『止めましょうよ』と咎める者は皆無だ。
船乗り、特に関東近海を通るのであれば、『この海域をネタ』は一つや二つは持っている。それこそ『挨拶代わり』であったり、『酒の肴』にはうってつけだ。
だから今回『追い返した』のは、格好の土産話になるだろう。
「ところで艦長、この後のご予定は? やっぱり『呉』ですか?」
東京湾の出口を過ぎて、艦首はやや東寄りになっていた。呉に向かうなら進路を西へ。この辺で『面舵』にする必要があろう。
「いや、鹿島港に戻る」「えっ? 補給で? 陸奥で満タンにしたので、大分余裕がありますけど? それこそ『硫黄島経由』でも」
副長は渋い顔になると、右手で下から大きな楕円を描く。
何だ? 呉に『女』でもいるのか? このスケベ野郎が。
まだ未練があるのか『チラッ』と呉の方を向いて、残念そうにしているではないか。いやいや。水平線の先も先。全然見えないって。
「訓練だよ。何か『ヒ・ミ・ツ』のな?」「何ですか? それ」「いや『秘密は秘密』だよ」「私は何も聞いてませんが?」「一緒一緒。艦長の私でさえ、何も聞いとらん」「えぇえぇ戦艦を預るのにぃ?」「仕方ないだろう。これは『司令官殿のご命令』なんだからさぁ」「またですかぁ? 『一番危ない命令』じゃないですかぁ」




