海底パイプライン(二百十四)
「ちょっと艦長っアレ見て下さいっ! こっち狙ってますよっ!」
奇声を発したのは、吉野財閥自衛隊・警備艇の島風副長である。大和に対する『次の行動』を指導していた艦長が何気に振り返った。
「うおっ! 何だぁ? おいおいおいぃ。まさか撃たないよなぁ?」
目を剥いて驚くのも無理は無い。だって先々月、武蔵が『呉回航』の折には、ちゃんと言うことを聞いてくれたではないか。
確か大和だって『同型艦』なのだから、同じようにして貰わないと。武蔵同様乗り込んで『記念撮影』をしてだな、その際の動画を『独占配信』すれば、アクセス数稼ぎになるではないか。
「知りませんよっ! そんなの『向う』に聞いて下さいよっ!」
副長は『見るのも怖い』らしい。右手で『ピロッ』と大和を指し示し、両肩を窄めて首だけは守ろうとしていた。艦長が大和に『撃つのか』と聞くだなんて、これっぽっちも思ってはいない。
何しろ主砲は勿論、副砲も。当然のように、高射砲までが一応旋回して、こちらを向いているではないか。
あのぉ。高射砲は距離にしては、ちょっと『上』を向き過ぎているような気がしないでもない。が、何かもう『ハリネズミ』の称号を与えたくなるような、そんな気分にさせられる。でかいネズミだ。
「もしかしてあれは、『ヘリも逃がさんぞ』ってことかぁ?」
ビクッと驚いた副長は、黒電話の受話器を放り投げる。
『ガチャンッ』「えっ、マジで? そぉなぁんですかぁあぁ?」
気分は『ヘリ』なのだろうか。縮めた首を旋回させながら副長が振り返る。見えた高射砲は、確かに『ヘリの飛行経路』を見事に塞いでいるではないか。ならば『下』は?
ダメだ。良く見えないが、機銃が既に『水平射撃の準備』を終えている。それに確か丸い『砲郭』の中って、実は『ファランクス』だったりするよね? バラララッって撃つの、知ってんだからっ!
「だってほらぁって、ちょっと副長ぉおぉ」「はいぃ?」
説明を途中で放棄して、艦長が『黒電話』を指さした。
副長は笑顔ですっ呆けている。傾げた顔からは『油汗』が滴り落ちているのだが。眉毛をピクピクさせつつも、大きく『ニッ』と歯を見せて笑う。艦長の表情が変わらないのを見るや再び『ニッ』と。
汗を拭くこともなく、あくまでも『平静』を装いながら。
「お前今、ヘリで逃げようとしてただろぉ?」「トンデモナイッ!」「嘘付くなっ!」「いいえ、艦長に嘘だなんて」「それが嘘くせぇって言うんだよっ! コイツで連絡しようとしてたよなぁ?」「NONONONO」「してたよなぁ?」「いやいや。まだしてませんよぉ」「逃げる気マンマンでぇ」「そんな艦を捨てて『率先して逃げる』だなんて、副長としてあるまじき行為じゃないですかぁあぁ」
艦長は『長いセリフを吐く副長の目』を、ジッと観察していた。
そんな『沈黙したままの艦長』に、副長は必死に『ネッ?』と。逆向きに『ネッ?』。おいおい。いつまでやるんだか『ネッ?』
「確か『まだ』って言ってたなぁ?」「何ですかぁ? 『まだ』ってぇ。あっ判った。もしかして真鯛の『まだ』ですかぁ? 美味しいですよねぇ。でも言ったかなぁ」「ちげぇだろ。ぜってぇ『ヘリのエンジンを回せ』だろ。それを『まだ言ってません』の『まだ』だろぉがぁっ!」「えぇ? 私そんな『艦長命令だ』とか、『まだ』言ってないんですけどぉ?」「コイツッ俺のせいにすんじゃねぇ!」「ヒィッ!」「あのぉ艦長?」「何だぁ?」「一旦引きm?」「当たり前だ! 機関最大全速を以て当海域を直ちに離脱せよっ!」




