海底パイプライン(二百十三)
「知るかっ! って、言っておけっ!」「本当に良いんですか?」
無線係がヘッドセットのマイクを握り締めて念押ししている。
横須賀から『何をしている』の問い合わせが、ひっきりなしに来ていたからだ。もう戦闘配置を解いて、管轄外に出ようとしているんだから、ほっといて欲しいのだが。まぁ、そうも行かないか。
「何とか誤魔化せっ! あぁ、無線機は故障だっ!」「えぇえぇっ」
無線係が戸惑うのも無理はない。艦長が『プイッ』っと横を向いてしまう事態なんて、今まで想定していなかったからだ。
きっと後で、スゲェ怒られるんだろうなぁ、と思う他はない。
「艦長、また『島風』が来ましたよ?」「忙しい奴らだなぁ」
東京湾を脱出しつつある大和の行く手を塞ぐように、一隻の駆逐艦が現れた。しかしそれは些か古めかしいもので、しかも『元』駆逐艦である。正しくは、吉野財閥自衛隊の『警備艇』なのであるが。
『大和に告ぐ。停船してこちらの指示に従え。これは警告だ』
無線封鎖をしているからか、艦橋の上に後付けされた『巨大スピーカー』から、何とも強気のセリフが聞こえて来るではないか。
しかし、指さしている副長も、一緒に見ている艦長も苦笑いだ。
『く、繰り返す。これは警告だ。停船しない場合は攻撃も辞さずぅ』
「震えてんなぁ」「攻撃も何だぁ? 最後良く聞こえんかったぞ?」
実は最初から酷い『棒読み』だった。新人なのか?
艦長と副長は苦笑いで見つめ合い、気楽な感じで指示を出す。
「第一戦闘配置。全門を『島風』に向けろ。良いか『全門』だ」
何人かが『マジで?』な顔をして振り返った。しかし艦長の顔を見て、その内の半分が噴き出す。絶対『からかってやる』つもりだ。
「良いかぁ? 今度は『向けるだけ』だぁ。撃つなよぉ」「艦長、全門って『高射砲』も、ですか?」「向けるだけなら良いだろ」
適当に腕を振って『んなモン、向けときゃ良いんだよ』な如し。
どんだけぞんざいなんだと。そんな指示に、艦橋内にも思わず笑みが零れる。こりゃぁ相手の方が気の毒だと言うしかない。
そりゃぁ向こうも『仕事』なのは判る。セリフだって『台本通り』なのだろう。しかしここは、『相手を選んだ方が身のためだ』と、教えてやるしかないではないか。
「全門旋回し、右舷の警備艇を捉えろ。これは訓練に非ず。繰り返す。これは訓・練・に・非・ずっ!」『ガチャッ』「言うねぇ」
艦長の声に係員が振り向くと目が合った。思わず会釈だ。
「さて。島風はどう出て来るかなぁ?」「まだ近付いて来ますねぇ」
東京湾を航行するなら、『海底パイプラインの存在』は知るべきであろう。そうでなければ『手間を取らせること』になる。
近年『錨を出しっぱなし』にして航行し、『海底ケーブルを断線させる』なんて事件があった。この海域では、そんな事件が起きるずっとずっと前から警備が厳しい。『錨がダメ』なんて当然だが、『底引き網だってダメ』なのだ。通る船舶全てに警告を出しているのが『御覧の島風』なのだが、どうやら進路を変更したようだ。
「何だ。もうビビったのかぁ?」「今度は意外と早かったですねぇ」
東京湾に入る前は、しつこくくっ付いて来たのだが。どうした?
「流石に逃げ足は速いなぁ」「艦長、『空砲』でも撃ちますぅ?」
副長の提案に『イイネ』と即応した艦長だが、下命する気は無い。




