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海底パイプライン(二百十一)

 若頭の突っ込みに、黒服の表情から笑顔が消えた。

 もしも今の『苦笑い』が、如何にも苦し紛れとは言え『最後に見た笑顔』であったとしよう。ならば一同の人生が、果たして『幸せであった』と言えたであろうか。いや言える。言わざるを得ない。

 一応は『笑って死ぬる』のであるからにして。チャンチャン。


「そろそろ着弾しますねぇ」「おっと、もうそんな時間か?」

 時計を見て声を掛けたのは無線係だ。石井中佐も時計を見た。

 二人揃って空を見上げる。輝く空。青色だ。眩しいからではないが、これまた二人同時に顔を見合わせた。

 良かった。これなら雨も砲弾も、直ぐには降りそうにない。


「いやぁ、ときが経つのは、早いものだなぁ」「そうですねぇ」

 詩人だろうか。腕を組み、今にも『辞世の句』でも詠むような。

 しかし幾多の戦場を渡り歩いて来たとは言え、実は死ぬことに慣れてはいない。故にイマイチ『良い句』が出て来ない現実がある。


「青空ってのは『季語』になるのかね?」「青空は季語になr」

「テメェら、しんみり何やってんだっ! 今そんなときかぁ?」

 結論を聞かずして若頭が話に割り込んだ。俳句は趣味ではない。どちらかと言えば男の人生を歌い上げる演歌の方が好き。そんな詩が好きだ。ならば『青空が季語か』なんて、今更どうでも良い。


「大体が、もう諦めたのかっ! 何とかしろよっ!」

 それでも『表現上』なのか、はたまた『部下の手前』か。若頭は『まだ諦めてはいない風』を装っていた。

 勿論、心の中では『無駄な抵抗だ』と思ってはいる。

 仮にだ。十秒で一番近い非常階段まで辿り着き、そこから一段飛ばしで駆け降りたとしても、砲弾が上から追い付いて来たらひとたまりもない。それこそ一篇の詩はおろか、一片の肉片さえも残らずに、消し飛んでしまうのだから。


「しかしなぁ」「あと十秒でしょうか」「カウントダウンするか?」

 妙に落ち着いている石井中佐を見ては、無線係も時計を確認せざるを得ない。その時計を覗き込んだ石井中佐の『妙な提案』に、何故か黒服まで乗って来ているではないか。


「十!、九!、八!」「十!、九!、八!」「十!、九!、八!」

「馬鹿ヤメロッ!」「七!、六!、五!」「七!、六!、五!」

 もう『自棄だ』とばかりに揃って声を張り上げる。『五』を切ったら手拍子が加わり、『零』で拳を高く突き上げるであろう勢いに。

 何故か若頭だけが一人取り残されていた。輪の中に入れない。

 すると突然、若頭が両手を高く突き上げた。


「くそぉっ! こうなったら俺が止めてやるっ!」

 空に向かって『念力』を送り始める。顔を真っ赤にして。

 お陰で黒服の一人が『カウントダウン』を中止し、若頭を眺めている。が、手拍子だけは継続中だ。奴にとって『最後に見たのが若頭』であっても、『面白いものが見れた』と後悔はないだろう。


「ゼロォッ!」「ゼロォッ!」「ゼロォッ!」「ぬぅぅぅぅっ!」

 屋上で大の大人が、一体何をしているのだろうか。少なくともまだ『まとも』と言えたのは、『拍手が無かったこと』であろうか。

 まるで全員が『若頭を見ない』ように、空に向かって目を凝らす。


「あれれぇ? 来ませんねぇ」「その言い方、ムカつくから止めろ」

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