海底パイプライン(二百十)
『判りましたっ! あっスイッチ入れっぱなしだった』『ちっ。何やってんだよお前ぇ』『だってぇ』『良いから早く応答しちまえよ』
聞こえて来たのは、無線機前に陣取っている二人の声だ。あのぉ。小さな声ですけどぉ、全部ハッキリ聞こえているんですけど?
『了解しましt『切れってっ!』(ガチャッ)『ザピーッ』
艦長の指示通り、いや『語尾は要らん』とばかりに食い気味で切られてしまった。後に響くは雑音ばかり、か、な……。ポカンとした顔で聞いていた着弾点の一同は、再び我に返って慌てふためく。
「おいおいおいっ!」「本当に切りやがった!」「マイク貸せっ!」
「私が言う! 発射した砲弾を爆破しろっ! 直ぐにだっ!」「テメェ、さっきは『砲弾は爆破出来ねぇ』とか言ってた癖に、本当は爆破出来るのかぁ?」「知るかっ! 出来る訳ないだろうがっ!」
今度は着弾点側から『送信』になりっ放しである。しかし果たして、この騒動が大和艦橋に届いているのかは不明だ。
判っているのは、もうすぐ九発の九一式徹甲弾が飛んで来ることだけである。神戸のスパコンまで使い『約99・7%』と、ほぼほぼ確実なる命中が明らかな着弾率で。
「じゃぁ何で命令出来るんだっ!」「もしかしたらとか、思わんのかっ! まともな攻撃なんて受けたら、こんな『ちっさいビル』の一つや二つ、あっという間に『瓦礫の山』になってしまうわっ!」
それにしても、石井中佐が左手を振り回して示した『ビルのサイズ』だが、ここ『吉原ビル』は吉原界隈全てを覆い尽くしているので、東京でも指折りの大きさを誇る。
多分、一発で直径三十メートルの穴が開いたとしても、九発ならまだ『瓦礫の山』にはなるまい。実際『一発目』を見ても、明らかに『尋常じゃない壊れ方』をしてはいるが、まだ『ビルとしての体裁』は十分保たれている。ああ『装填されている火薬』が派手に爆発したら、流石に吉原ビルと言えでも、どうなるかは知らんけど。
「チキショォッ! おいっ! こらお前らっ!」「へい。若頭ぁ」
若頭が振り返ると、『コソーリ逃げ出そうとしている黒服』を呼び付ける。『バレた』と振り返って目が合った奴に手招きだ。
「こうなったらスナイパーに『撃っちまえ』って言って来いっ!」
北と南を指さす。そして更には、東に陣取っていた『切り札の位置』までご丁寧に指さして指示をする。しかし黒服はしかめっ面だ。
「スナイパーなんて、真っ先に逃げちまいましたよ?」「何だと!」
若頭は『老眼』なのだろうか。いや、老眼なら遠く程見えるはず。
目を細めているのは、只の『困惑』に違いない。直ぐに北と南を確認するが、確かに人影はない。そして無線係の陰になっている『東のスナイプポイント』を覗き見ると、こちらにもスナイパーの姿がない。いやいや、スナイプポイントごと消失しているではないか。
「何だっ! 高い金払ったのに、あいつらさっさと逃げやがって!」
地団駄踏んで悔しがる。既に『前金』を渡しているのにコレかよ。
「奴ら、全然根性入ってませんよねぇ」「所詮『外部の人間』なんて、そんなもんですよ」「まぁ、残りを払わなくて良かったじゃないですかぁ」「それもそうだなぁ」「ハハハッ」「良かった良かった」「ほら『スナイパー』なんて、最初から居なかったんですよぉ」
若頭も頷き、場が和んだのも束の間。表情が一変して手が伸びる。
「んな訳ねぇっ! 大体お前らだって、逃げようとしてただろっ!」




