海底パイプライン(二百七)
「いい加減にしろっ! 早く攻撃中止を命令するんだっ!」
若頭が腕を振り無線係を指さす。しかし石井中佐は既に『大穴』へと向かって歩き始めている。が、ゆっくりと振り返って、若頭と目が合った。当然顔を真っ赤にして無線係を指さす若頭が、視界に入っていたであろう。だって無線係の方をちょっと見たし。
「戦艦ってのはなぁ、そんな直ぐに次の砲撃なんて、出来んのだよ」
実際に『弾込めの様子』を見た訳ではあるまい。それでも艦橋で『早く撃てよ』と思いながら、イライラしていただけのことはある。
艦長に聞けば、今時『手込めだ』と言うじゃないか。何だかなぁ。今のこのご時世『自動化だろぉ』と言いたい。
やっぱ『スクラップ寸前の奴』を、近代化改修した位ではダメか。
こりゃぁ次は絶対『新造艦』だな。うん。そうしよっと。
「テメェが『人質返せ』って言うから、こっちだって『返す』って言ったよなぁ? 穴なんてぇ、良いからぁ、早くぅ、止めろっ!」
若頭は地団太までし始める始末だ。まるで子供? 笑うしかない。
「いや『怪我人が居る』とか思わないのかね? あれだけの被害で」
「おっ、思わねぇよ!」「はぁ?」「だから止めろっ!」
若頭が屋上を幾ら踏んでも、決して穴は開かない。それだけでなく、石井中佐も中止命令を出す気配がないではないか。若頭にしてみれば、石井中佐の考えることなど、只の理解不能でしかない。
「何だ冷たいなぁ。私は医者と言う職業柄、凄く気になるのでねぇ」
のんびり答えやがって。しかし若頭とは、何時の間に『友達』となったのだろうか。右手の親指で肩越しに穴を指さしている。
「あんなの食らったら生きてる訳ねぇだろうがっ! 死んでるよ!」
いや、若頭にしてみれば『友達』ではない。既に『親友』だ。
両手を上下に大きく振りながら、全身を使って止めに掛かっているようにしか見えない。自ら危険地帯へと向かう『家族』を、必死に止めようと頑張っているのだ。汗さえ振り撒いて。
「信じられん。同じビルの住民だろぉ? 心配ではないのかねぇ?」
駄目だこりゃ。やっぱり軍なんて『狂った奴』しか居ないのだ。
若頭の顔が『心配』から一転。無の表情へと変わった。
無線係はその顔に『見覚え』がある。戦場で嫌と言う程に。
だから反応も早かった。さっきまで足元に転がっていても、『興味なし』と見向きもしていなかったバズーカ砲を踏みつける。若頭が拾うのを妨害した形だ。ならばと腰の後ろへ回した手を、今度は素早く押さえ込む。挙句『軽めの膝蹴り』を腹へと食い込ませた。
『ドンッ!』「グエェッ!」「おやおや。大丈夫かねぇ?」
軽めはあくまでも『無線係の基準』であって、若頭には『死ぬかと思ったレベル』の衝撃だったらしい。くの字に折れ曲がっている。
一瞬のことに反応したのは石井中佐だけ。しかも言い方から察するに、無線係は無関係で『若頭が突然倒れた』とでも思っているか。
嫌味か? 嫌味なんだろうな。何故なら後ろに居並ぶ『取り巻き連中』が、誰も動けなかったからだ。それ位、あっという間の出来事ではある。しかし取り巻き連中にしたって、若頭が『膝蹴り一発で沈む』だなんて、思ってもいなかったのを考慮せねばなるまい。
「中佐、そろそろ時間かと」「んん? 君も怖いのかねぇ?」
「いえ。私の任務は『中佐の護衛』なので。ただ、それだけです」
ニッコリ笑う意味とは? それは『拳銃の弾』ならまだしも、流石に『砲弾までは弾き返せない』と、言っているようだ。成程。




