海底パイプライン(二百六)
『当たりっこない。ミサイルじゃあるまいし、絶対脅しだ。そうに決まっている。人質を返さない位で、艦砲射撃なんてする訳がない』
若頭は考えていた。それとも『願っている』のだろうか。
今の気分を例えるなら、『カチコミに遭って、目の前に銃を突き付けられたときの気分』と似ている。若頭は思い出していた。
先代の親分が殺られたときのことを。一瞬の出来事である。
正確にはあのとき、まだ若かったので実際に銃を向けられていた訳ではない。しかし『人に向けられた銃』が火を噴いたのを、初めて見た衝撃は未だに忘れられないものだ。
『ヒュゥゥゥンッ! ドゴォォォォォンッ!』「!!」
砲弾の落下音。遠くからの風切り音が聞こえてから、コンクリートの破片が飛び散るまでの間に、訳の分からない『タイムラグ』があった気がする。実際マッハを超える速度で着弾するのだ。であるならば、目と耳からの情報が一致していなくてもおかしくはない。
不思議と『怖い』とも思わなくなっていた。声も出ない。
それでも生きている心地は全くない。果たして今のが『何発目』なのかも判らないが、とても一発の威力とは思えない。
さっきまで見えていたヘリポートが、一瞬の内に紙のようにひしゃげた。確証はない。本当に一瞬のことで『気がする』のが正しい。
気が付けばバズーカ砲を落とし、耳を塞いでいた『自分の姿』に気が付く。それに対し石井中佐は、どっしりと座ったままだ。
『一発目はヘリポートに着弾でな? 自分には絶対当たらんのだよ』
まるでそう判っていたかのように、ニヤニヤ笑いながらこちらを眺めているではないか。慌てふためく様を特等席で見物か。
だとしてもだ。飛び散ったコンクリート片が当たることを、一切考えなかったのだろうか。果たして破片の飛び散る範囲、行先までしっかり計算済みとか? こいつなら有り得ーる。
ほら見ろ。直ぐそこまで飛んで来た塊は『破片』と言うには大き過ぎるのに。それが石ころのように飛び散って。いやいや。どれでも当たったら、一発で致命傷になり兼ねないサイズと勢いだぞ。
この状況を覚悟して『交渉に臨んでいる』としたならば、こいつは本当に『ヤヴァイ奴確定』だ。絶対『一発』所の騒ぎじゃない。ジャンジャンバリバリ撃って来るぞっ! 来るぞっ! 来るぞっ!
「判った。人質を解放しよう。俺の負けだ」「決断が遅かったねぇ」
石井中佐の表情が少し変わった。それでも『哀れみの表情』であることには変らない。『小馬鹿にした』所から、『気の毒に思う』への変化と言えば判りやすいだろうか。立ち上がって振り返る。
「随分と大きな穴が開いたねぇ。『こぉんな』にあるよっ!」
嬉しそうに笑いながら、大きく両手を広げたではないか。
さっきの『当たらない確信』は嘘なのか? 着弾点を間近で見て、喜んでいるようにしか見えないのだが。若頭はカチンと来る。
「感心してなくて良いから、早く砲撃を止めさせろっ!」
若頭は怒りの口調でも、実際は『お願いする』しか出来ない。
腕を大きく振りながら無線係を指さすのだが、イラつく程に石井中佐は『中止連絡』をしようとしないではないか。
相変わらず無線係は無表情であるが、若頭の『敗北宣言』を聞いて、一応は直ぐにスイッチを入れている。あとはそのマイクを受け取って『砲撃中止』の一言を。早く連絡を入れてくれ。手を額にかざして覗き込むのはその後にしろ! あっ、やっと振り返った。
「ちょっと『どんな穴が開いた』か、一緒に見に行かないかぁ?」




