海底パイプライン(二百一)
「あのぉ、艦長、入射角度が三十五度だとですね水中弾効果で……」
山本少佐が右手で『砲弾』を示している。それが左掌で跳ねた後は、『シャッ』と横向きに動き出す。『何だろう』と眺めていた片桐大佐であるが、横に飛び出した瞬間に目を反らした。
「跳ねて横に?」「はい。そうです」「まぁ、それもあるだろう」
チラっと山本少佐を眺むる。その目は『何を今更』であった。
後ろに手を組んで胸を張る。もう『主砲全門発射』の号令は近し。
「標的の外に『飛び出してしまうこと』も、考えられます」
山本少佐は机上の写真を『トン』と指さした。それは昨日、片桐大佐の命により手配した『ターゲットの衛星写真』だ。その隅。
そこにあるのは『一般住宅』であるからにして。何を況や。
「考えるのは自由だ。中止命令は来てるかね?」「中止ありません」
今度も一瞬だけ振り返る。しかし表情に変化無し。目は『知ってる』とだけ語り、無線係の方を向いていた。無機質な返事が返る。
「艦長ぉ」「大丈夫だ」「本当ですかぁ?」「大丈夫だって」
何度も聞いて来るので、片桐大佐はうざったくなって振り返る。
まったく。真面目山本め。『しっかりしろ』と言いたい。貴様訓練で『核ミサイル発射ボタン・押下訓練』とか、『マスタードガスミサイル発射ボタン・押下訓練』とかやっただろうが。それと何が違う? 軍人なら命令に従って粛々と遂行するのみだ。
片桐大佐は『フゥ』と溜息をつく。時計を見た。もう時間が無い。
手短に済ませようと、隣に立つ山本少佐を手招きで呼び寄せる。口に左手を添えてだ。
直ぐに気が付いた山本少佐は二歩動き、腰を曲げて耳を差し出す。
「何でしょう」「良いか? 用意した主砲弾は『空砲』だ」
ヒソヒソ話の内容に、山本少佐は思わず体を起こした。
「そうなんでs」「馬鹿っ!」「うっ」
山本少佐の大声が艦橋に響くと、何人かが振り返った。しかし艦長の『怒号』が響き、かつ『肘鉄』を見てしまっては、直ぐ任務に戻らざるを得ない。出番が無い係は『五桁のデジタル表示』を見ているしかなかった。それは常に計算されている命中率の赤文字だ。
いつもは『100・0』と『99・80』の間を揺れ動く故、小数点がプルンプルン移動して見辛い。完全に『設計ミス』だ。
それが今回は珍しく『99・85』から『99・37』の間で揺れ動いているので、表示が見易いと言えば見易いのだが。
あっ、今『99・28』と、これまでの最低記録を更新だ。
「声がデカい」「すいません」
再び『ヒソヒソ声』に戻っていた。山本少佐が『バツが悪そう』に謝っているのだが、片桐大佐の鼻が『ピクッ』と動いたのを見るに、まだ怒りが全然収まっていないご様子か。唸るように低い声で。
「次は腹に入れるぞ?」「そしたら耳に吐かせて頂きます」「……」
二人共黙った。どうやら『許可』が出たらしい?
いや、時間がないだけだ。片桐大佐は渋い顔で話の続きをば。
「実は実話なのだが『実弾が一発だけ』ってのは、俺しか知らん」
「えっ? 一発だけ実d」「シィィィッ!」「むっ!……」
直ぐに黙ったが痛みが襲う。腹パン代りの『デコピン』一発だ。それでも結構痛い。しかし痛みに堪え、耳を傾けるのみ。
「砲台長の『心の負担』を考慮してだな」「心のぉ?」「あぁ。どれが実弾か、判らんようにしてあるのだ。どうだぁ。名案だろぉ?」




