海底パイプライン(二百)
「艦長、昨日『やっぱり副砲にしよう』って決めたじゃないですか」
縋るような言葉。およそ『軍人』とは思えない気の弱さだ。
すると片桐大佐は鼻で笑った。不意に思い出したのだ。山本少佐が陰で『真面目山本』と呼ばれていることを。
「昨日は機能。今日は強打だ」「今日は今日だだ?」「うむ」
やはり真面目山本には『今のギャグ』は理解出来なかったらしい。無駄な『だ』があると思って首を傾げている。
別に勇み足でも誤変換でもない。普通に『昨日は副砲の方が機能は上だと結論付けたが、今日は指示通り強打することに決めた』と言っただけなのだから。これ位のこと、理解して頂かないと困る。
二人はもう一度『昨日の計算結果』を落とし込んだ海図に目を落とす。艦長が『トン』と指さした所が『現在地』で、そこから一直線に北へ指をなぞる。そして『元・隅田川』を遡上するようになぞって上陸。少し奥に入った所でもう一度『トン』と叩いた。
「着弾点まで、距離にして四十キロである」「その通りです」
すると今度は大分近い所。東京湾の入り口付近を『トン』と叩く。
「今からココへ移動するには?」「時間が……。間に合いません」
「うむ。水深も浅い」「だからって」「もう決めたのだ」「……」
艦長が決めたことには逆らえない。それは重々承知している。
しかしそうは言っても、本土の、しかも『市街地に向かって主砲を撃つ』だなんて『狂気の沙汰』としか思えない。いや、これでは正に『凶器の沙汰』ではないか。誤植でも意味が通じる稀な例。
それに、副長の山本少佐にしたって、艦長である片桐大佐の決断を否定したくはないのだ。心配しているのは、大砲のことを何も知らない『司令官の命令』であったとしても、それを素直に実行してしまったら後で『起こること』だ。きっと『被る損害について』だって、司令官は何も考えていないのだから。今回は賭けたって良い。
「所で『艦を傾けたり』は、しないのですか?」「今日は風が強い」
次に『トン』と叩いたのは、上空の気象観測に向かった零式観測機からの報告だ。上空はいささか荒れ気味とのこと。これでは角度に拘っていると『命中率が下がってしまう』のは明白である。
ちなみに『昨日考えていた砲撃』とは、こんな感じだ。それは急遽知らされた『石井司令官殿からのリクエスト』から始まった。
『吉原ビルの真上から、ちょっくら大和の砲弾をぶち込め。あの主砲なら届くだろう? なぁに。手法は任せる』
こんな感じで急ぎ言い残して無線が途切れた。最後の『手法』は、『主砲』に掛かっているのだろうが、凄く寒い。しかしその後の計算は熱くならざるを得なかった。『どうする』『こうする』と議論が紛糾し、シミュレートを繰り返して一喜一憂だ。お陰で皆、三時間しか寝ていない。今も誰かが交代であくびをしている。ファァ。
大体『真上からの砲撃』なんて簡単に言ってくれるが、主砲の仰角は最大四十五度なのである。果たしてそれを『真上と言って良いのか』が先ずは議論となった。結局『艦に注水して更に二十度傾ける』ことで、『六十五度ならどうか』に落ち着く。加えて『主砲の一斉砲撃』をすることで、更に『一から二度プラス』も考えた。
急いで神戸のスパコンに繋いで計算し、『まっ、これなら行けんじゃね?』な弾道計算を行った上で、今度は被害の方を計算する。
すると『指定されたヘリポート』に着弾した場合、ヘリポートを楽々貫通し、屋上も貫通し、下の階も、その下の階も、更にその下の階も貫通と。誤解のないように言えば、五階分のフロアをぶち抜く計算結果となったではないか。九一式徹甲弾、恐るべしだ。
勿論そのあとは、五キロの米に換算して『約六袋分もの火薬』が爆発することになる訳だが。その被害を考えると、夜も眠れない。




